夕方の喧嘩~来未とカレー~


「あいつ、まだ家にいるんじゃないだろうな……」


 俺は家路につきながら、自称子孫の来未のことを考えていた。夢なら覚めてほしいし、幻聴幻覚なら早く直ってほしい。

 ただ、裕福じゃないので医療費がかかるのは困る。


 そんなことを考えているうちに、家についた。


 家の中は暗い。これは、やっぱり昨夜から朝にかけての出来事は夢だったのだろう。そりゃ、未来から子孫がやってくるとかあまりにも非現実的すぎだろう。アニメや漫画じゃあるまいし。


 俺はポケットから鍵を取り出して、玄関を開けた。


「わっ!?」


 俺が開けた途端、今まさに玄関にやってきていた自称子孫・来未がいた。

 朝と変わらぬメイド服姿で、なぜか蛇の目風呂敷を背負っている。


「なんだその格好は……」


 疲労を覚えながらも、つっこまずにはいられなかった。こうして、またペースが乱されてしまうと心の中ではわかりつつも。


「えっ……えーと、そのー……」


 そのとき、蛇の目風呂敷からゲームのコントローラーがびろーんと伸びて、床に落ちた。


「……てへっ☆」

「てへっ☆ じゃねぇ! 食料を盗み食いするに飽き足らず、俺の私物まで盗む気かっ!」


「で、でもさ! ここから出ていけって言われたら、生活のためにいろいろと売っ払うしかないじゃない! ゲーム機売って、フィギュアも売って、家の中三か所に隠してあったエロ漫画だって、売れば少しはお金になるじゃない!」

「あー! もー! やだー!」


 俺は頭を抱えた。なんて今日は最悪な日なのだろうか。俺の人権はどこへ行ってしまったんだ。なんで巧妙に隠してあったエロ漫画まで発掘されている! 


 もう今日はいろいろありすぎて、なにも考えたくはないのに、まだまだ一日は終わってくれそうになかった。


「……ああ、もうわかった。仏の新次くんと呼ばれた俺も、そろそろ鬼の説教タイムに入るわ。……あのな、警察に突き出されたくなかったら、無駄な抵抗を止めて、風呂敷の中身を置き、即刻、家から出ろ」

「ちょっ! こんなかわいい子孫を追い出そうっていうの? 信じられない!」


「そもそも、お前が俺の子孫っていう証拠はないだろ! あの日記だって、今日は書いてない出来事あったし!」

「別に、今日あった全てを日記に書き記しておくとは限らないでしょ!」

「う」


 確かに、日記にすべてを書くとは限らない。本当に重要なことほどぼかして書いたり、書かなかったりするものだ。実際に、そんな感じの日記を書いた日もある。


「そ、それはともかくだ。素性の知れない怪しい女を置いておくほど、俺は危機管理能力が低くはないのだ。美人局(つつもたせ)とかの可能性だってあるんだからな!」

「ひ、ひどっ! 子孫を美人局扱いしないでよ!」

「えぇーい、もう! 出てけっ! いろいろと考えることがあって、それどころじゃないんだからっ!」


 俺は強引に来未から蛇の目風呂敷を奪い返し、玄関から外に追い出した。鍵もしっかりと掛ける。


「おにー! あくまー! どーてー!」


 外で騒いでいるが、無視を決めた。もうあんな意味不明な存在に関わっていられない。おそらく家出して行く当てがないってところだろう。


 そんなものに気を許すわけにはいかないし、中学生ぐらいの少女を家にいさせたとなると俺が悪いことになって警察のお世話になる可能性だってある。


「この薄情者ー! ろくでなしー! アホ先祖ー! うう……もういいもんっ! あたしこっちの世界でひとりで生きるから! べーっだ!」


 来未は悪態を吐くと、そのままどっかへと行ったようだった。

 急に静かになる。


「まぁ……これでいいんだよな。未来から子孫が来るなんてありえないことだし。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ」


 俺は蛇の目風呂敷を抱えると、自室へ向かうことにした。

 と、その途中……鼻腔をいい匂いがくすぐった。


「……ん? なんだ?」


 その匂いは、台所のほうからしてくる。

 まさかと思ってそちらに向かうと、鍋にカレーが作ってあった。

 炊飯器もご飯が炊けていた。食器も、出してあった。


 今朝は忙しくてカレーも作ってなければ、ご飯も炊いていない。となると、これは来未が作ったと考えるのが自然だ。


「あいつ……」


 しかし、こうして油断させておいて、親密になったところで貯金を引き出すという犯罪の可能性だってある。


 ……でも、そうじゃなかったら? 

 本当に子孫で、行くところがなくて、俺を頼るしかない状態だったら?

 そして、ごはんを食べてしまった罪滅ぼしにカレーを作ってくれたのなら……?


「……ばかやろうっ」


 その言葉は、自分自身へか、来未へか。


 俺は、再び玄関に戻って外へ出た。そして、まだ遠くへは行っていないだろう来未を捜すために走り出した。

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