文芸部の日常~先輩から避けられ、後輩からは罠にはめられるワナビライフ~

「ぜぇはぁ……な、なんとか間に合ったな……」


 自己記録更新の甲斐あって、なんとか時間内に学校にたどり着くことができた。


「まったく、なんなんだいったい……って、うわっ!?」


 目の前をなにかが落下する。地面に鳥の糞が炸裂した。


「不吉な一日の始まりだな……」


 寸前で当たらずに済んだが、とってもブルーだ。さて、一時限目は数学のテストの返却だ。あの日記にはご丁寧に点数まで書かれていたが……、


「末広新次」


 呼ばれて答案を受けとる。点数はぴったり十五点。


「……いや、こういうこともあるだろう」


 俺は理数系科目は超絶苦手のコッテコテの文系だが、未来から子孫が来るだなんてそんな非科学的なことは認められない。



 放課後になり、部活の時間になる。

 俺は重い足取りで文芸部の部室へ向かった。


「ああ、最低だ」


 なんで自分は先輩に告白してしまったのだろう。


 振られなければ、今までと同じ関係の中で生きられたというのに。こうなってしまっては、普通に接することすら難しくなる。


 ドアを開こうとしたところで先に開かれて、その告白した当人が出てきた。

 妻恋希望(つまこいのぞみ)先輩。俺の所属する文芸部の部長だ。


「あっ、新次くん……」


 黒髪ロング。透き通るような肌。清楚を絵に描いたような雰囲気であり、母性を感じさせる天然お姉さんタイプの美少女が、妻恋先輩である。


「ご、ごめんね……今日、用事があるから、先に……帰るね」


 その妻恋先輩にこんなふうに謝られるとですね、告白失敗シーンが脳内で再生されて、トラウマで死にたくなるわけですよ。


「それじゃ、ごめんなさい」


 もう一度、俺の脳内にきっちりとトラウマを再生させてから、妻恋先輩は部室から出て行った。


「うぐっ……きついな」


 よろよろしながら、俺は部室内に入った。


 部室は代々の先輩達によって、異様に住み心地の良い空間になっている。畳を敷き詰めて和室風になっており、真ん中にはちゃぶ台。どっから拾ってきたんだといいたくなる昭和の薫のするアンテナが上に乗ったテレビ(ゲーム用。しかも、いまだにファミコンが現役)。


 あとは、本棚が四つ並んでいて、純文学からライトノベル、WEB小説系単行本、さらにはエロ本まで各種揃えられている。

 エロ本はさすがに何度も捨てようとしたことがあるらしいが、エロ本を捨てようとした部員が相次いで不幸に見舞われたために「呪いのエロ本」として代々受け継がれているという、いわくつきのシロモノだ。


 そんな伝統ある文芸部も、俺を入れて現在の部員は三人だけである。


「茶でも飲むか……」


 コンセントがあるので、電子ポットが使える。急須と湯呑みもある。

 まずは茶を淹れて飲もうとしたところで――部室のドアが開いた。


「あれ? 今日も妻恋先輩いないんですか?」


 こいつは、文芸部最年少の部員。一年の蔵前明日菜(くらまえあすな)。まぁ、部員三名、各学年ひとりずつなんだから一年の蔵前は自動的に最年少になるんだけど。


「ああ。先輩は入れ違いで帰った」

「ふっふーん? つまり、先輩避けられてるんですね?」


 後輩だというのに、蔵前は平気で俺に絡んでくる。そして、無駄に美人だから困る。妻恋先輩のように表情がコロコロ変わるタイプじゃないので、なにを考えているのかわかりにくい。妻恋先輩とは対照的な、隙のない雰囲気の優等生タイプだ。  

 黙っていればただの黒髪ロングの真面目そうな女の子なのだが……。


「……それは、違うぞ蔵前」

「はい? どう違うんですか? だって、先輩、フラれたんでしょ?」

「なんでお前がそのこと知ってるんだよ!」


 また日記とか言い出すんじゃないだろうな、と思ったが、


「あ、やっぱり! 告白したんですね、いまの反応は!」


 それ以前の問題だった。まんまと蔵前の誘導尋問にはめられていた。

 蔵前は、してやったり!とばかりにニンマリとする。


「あーもう。今日は最悪だ!」


 先輩からは避けられ、後輩からは罠にはめられ、家には自称子孫まで押しかけた。

もう誰も信じられない!と言わんばかりに俺は頭を抱え込んで、勢いよくちゃぶ台に突っ伏した。


「もう、しっかりしてくださいよ先輩。わたしがいるじゃないですか!」

「俺に今日一日のトドメを刺したお前が言うな!」

「まったく、先輩の悲観的な性格は困りものですね。そんなんじゃ、女の子に嫌われちゃいますよ?」


「手遅れだから、いい」

「ん~、仕方ないですねー」


 蔵前は畳の上を靴下でトコトコ歩いて本棚の前に来ると、ある本を一冊抜き出した。そして、酔いつぶれたサラリーマンのようにちゃぶ台に突っ伏している俺の前に、その本をがばっと広げた。


「ほ~ら、文芸部秘蔵のエロ本ですよ~? ほ~らほらほら、めくるめく昭和の官能エロスの世界ですよ~?」

「うがああああああああ!!」


 俺は絶叫すると、目の前のエロ本から身を翻して畳に倒れこんだ。


「俺のピュアな童貞心をもてあそぶなっ!」

「……いろいろと突っ込みどころがある気もしますけど、もっと先輩は周りを見たほうが良いんじゃないかなと蔵前は愚考します」

「別にいんんだよ、俺は。そんなことより今日の俺は超落ち込んでるから話しかけるなっ!」


「いいじゃないですか、わたしと話しましょうよ! わたしは、っていうか、女の子は自分の話しを聞いてくれる人さえいれば相手はどーだっていいんですから! はい、先輩わたしと話しましょう!」

「力技だな」

「細かいことをぐちぐち言うと、女の子に好かれませんっ! いまの先輩の言動で私の好感度が2ぐらい下がりました!」

「もういいんだよ、俺は。一生童貞としての人生を貫き通す!」

「はぁ~……」


 やれやれといった表情で蔵前は首を振った。


「……先輩。一生、操を守り通すって大変なことだと思いませんか? まだ若いうちはいいです。皆、独身だから。でも、考えてみてください。先輩が三十代になったときに周りは結婚して、子供がいて、幸せな家庭を築いている。それなのに先輩はバイトしながら小説を応募するワナビ生活。そして、周りが定年退職して孫に囲まれて幸せな老後を送っているときに、夢破れた可哀想な先輩は、年金未納生活保護却下で寂しくひとり孤独死するんですよ?」


「待て、待て待て待てっ! なんかものすごく作為……というか、悪意に満ちた未来だろっ、それっ! 俺を勝手に年金未納扱いにした挙句に、生活保護まで却下されて、孤独死させるな!」


「ふふん。完璧な物語です。わたしのプロットに狂いはありません」

「まったく……」


 これでラノベ賞で何度も高次まで残ったりしてるので、かなりタチが悪い。

 ちなみに妻恋先輩もいつも一次は通ってるので、万年一次落ちなのは俺だけだ。


「あーもー、いいよ! 俺はワナビだ、ワナビ! あい、わな、びー!」


 もう今日はとことん堕ちてやる――俺は退廃の決意を固めると、畳を両拳でバンバン叩きながらゴロゴロし始めた。ちなみにワナビとはwant to beを略した『wannabe』から来る言葉で、『なにかになりたがっている人』→『夢を追ってるアホ』ぐらいの意味だ。創作界隈においては、割と使われる言葉だ。


「退廃っていうか、幼児退行って感じですね……」


 蔵前の呟きを無視して、俺は心の限りダラダラすることにした。

 童心に返ることは人生には必要だ。バブー。


「さすがに遡りすぎじゃないですか? ま、いいですけど……」

 

 蔵前は本棚から過去の部誌を手に取ると、ページをめくり始めた。

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