第4話 恩返し(1)
体育祭が終わってから1ヶ月。最近、気になっていることがある。それは視線。あるグループから、ものすごい視線を感じる。犯人は多分···
「きゃはは、なにそれ」
「でしょ~ヤバいよね」
クラスの頂点に君臨する、宮野さんたちだ。異彩を放つ彼女たちは、初日からまるで自分たちが世界の中心だと言わんばかりの態度を取ってきた。そんな彼女たちにどうやら目を付けられたらしい。だとしたら、そろそろあれがくるはず···と私の勘が言っている。
「ねぇねぇ、梶原さ~ん」
あ、きた。
「今日の放課後って、空いてるよね?」
何でそんな風に聞けるんだろうか。私にだって予定があるかもしれないのに。
「空いてますよ、何か用でも?」
不幸な事に今日の予定はないけど。
「じゃ、今日の放課後に旧校舎の音楽室に集合ね」
「はい」
確か旧校舎ってどの部活も使ってないボロボロの校舎だよね。もうこれは確定かな。
「はー···」
「雪乃ちゃん、溜め息なんてついちゃってどうしたの?」
「真昼くん···それに明石くんも」
「よっ」
購買で買ってきたのだろうか、2人の手にはメロンパンがある。
「悩み事?」
「いえ、放課後に旧校舎に行かなくてはな···」
「裕くーん。お昼は一緒でしょ」
宮野さんが私の声を遮った。まるで、こちらの会話を聞いていたかのようないいタイミングで。あー怖い。
「ごめん雪乃ちゃん、行くね」
「はい」
本当に困った顔をしている。彼女も少しは真昼くんの顔色を伺うようにしたらいいのに。
「雪乃」
「は···はい」
側には明石くんといつのまにか月島さんがいた。月島さんは私と目が合ったらそそくさと真昼くんたちの方へ行ってしまったけど。
「あの···明石くん?」
「旧校舎に行って何すんの」
小声で私に聞いてきた。どうやら、さっきの言葉をしっかり聞かれたらしい。
「宮野さんたちに呼ばれたので、音楽室に」
「そうゆうこと」
明石くんは納得した様子。そのまま何も言わず真昼くんたちの所に気だるげに歩いていった。
まさかとは思うが明石くんはあれだけで何が起こるか予想したのだろうか。だだとしたら余計な事を口走った。明石くんが真昼くんに全てを話したら、きっと誰にでも優しい彼は助けようとするかもしれない···。いや、来て欲しいのかもしれない。どんなに慣れたことでも、やっぱり何をされるか分からないから。私はまだまだ弱い。誰にも頼らずに生きていけないのだ。こんなことになるなら、あの日の雪で死んでしまえたら良かった。
ーキーンコーンカーンコーン···
昼休み終了を知らせるチャイムで私は我に戻る。
そうだ、どうやって切り抜けたらいいかは大体分かっているんだ。あとは臨機応変に動けばいいだけ。
とりあえず開き直って早速、北見先生の出した数式を解いていく。顔を上げるとまだ皆、問題を解いている途中だった。することもなく窓の外を見ると、勢いよく雨が降っていた。
「何なのよあんた!!!」
「何って···人間です」
「そーじゃねーよ!!!」
ーバチン。
また叩かれた。あと何回叩かれればいいんだろうか。もうかなりヒリヒリしてきた。
こうなった原因は私の発言にある。宮野さんが「何であんたみたいな地味でブスな奴が裕くんと一緒なのさ!」って言ったので私が「知りません。真昼くんに聞いてください」と返したら何発か殴られた。全くだ。いじめっ子は正論を言われたらすぐ人を殴るんだから。
「本当ウザイ!!さっきから何なのよ!」
「はー···?」
「何でこんなブスに説教されなきゃいけないの!!」
そんなことを言われても···私は説教をしてるつもりなんてないから。
もう少し様子をみてみよう。怖さより、この人たちがどれだけ醜くなるか見たいという気持ちが勝った。
「楓様、1回私が」
「任せたわ、
「はい」
取り巻き3人のうち「鈴音」という宮野さんの
「梶原、あなたが今とるべき行動。学年トップの頭なら分かっているだろう」
徐々に距離をつめてくる。身長は約175cm。堂々としている。
「そうですね。ですがそれは貴女たちもおな··っ!」
その瞬間鋭い痛みが全身を駆け巡り、私の体は壁に衝突する。鈴音さんの強烈な蹴りによって。
「いいきみ、どう言うこと聞く気になった?」
「くっ···あ···」
「楓様、しばらく話せないかと」
「そーね。鈴音の蹴りを食らったんだもんね」
自分の手柄でもないのに勝ち誇る宮野さん。本当に頭が悪い。何度も苛められてきた私が何もしないと思っているのか。
しかし、私の体は思ったように動かない。鈴音さんの足がしっかりと
「じゃあね、梶原さん」
宮野さんたち4人が私の前から立ち去ろうとしたその瞬間···
「待ちなさい楓」
月島さんの声がした。そしてもう2人加わる。
「雪乃ちゃん、大丈夫!?」
私に駆け寄ってくれる真昼くん。
「あーあー、手出したんだ」
呆れながら宮野さんたちを見る明石くん。
まさか、助けに···?
「楓、あんた何してんのよ」
「えー···?梶原さんとお話してたの」
「話し合いで雪乃がこんなボロボロになるかよ」
月島さんと明石くんが1歩前にでる。真昼くんは私を支えてくれている。
「莉華、こっち側じゃなかったの!?裏切ったの?」
宮野さんは悲劇のヒロインを演じ始める。
「私がいつ、あんたの味方になったよ」
呆れながら月島さんが言い放つ。その瞬間、宮野さんの化けの皮が一気に剥がれた。
「こっの野郎!!」
真昼くんが目の前にいるというのに可愛い子を演じない宮野さん。この時点で彼女の努力は水の泡。
「鈴音、やって!!!」
「はい!!!」
主の命令で召使が動き出す。まずい、このままじゃ、月島さんが···! 明石くんも反応したけど間に合わない!あの蹴りが当たったら···!
「クソっ」
「月島さーん!!」
ーダンっ··!
誰もが月島さんに当たったと思った。しかし、足が当たったのは真昼くんの左腕。
「なっー···」
「裕!」
私は声が出なかった。さっきまで隣にいたはずの真昼くんが、鈴音さんの蹴りを受け止めているなんて予想外過ぎた。
「これ以上俺の友達を傷つけるな」
どんな顔をしているかは分からないけど、大体は宮野さんたちの反応で分かった。普段は誰にでも優しい真昼くんが静かに言い放った。そのことに驚いた宮野さんたちは、泣きながら走り去っていく。
「ちょっ···こら!」
「待て莉華。先に雪乃だろ」
宮野さんたちを追いかけようとする月島さんを明石くんが止める。
「ごめん、遅くなって」
月島さんが私の前に座り、頭を下げた。
「いえ、私がいけないんです」
そっと立ち上がる。まだ少しふらつくけど、さっきよりは回復している。
「私が明石くんに余計なことを言わなければ、皆さんを巻き込まなかったのに···」
下を向き、微かな声で囁くように言う。目からは無数の雫が。
「すみ···ません。真昼くんまで···暴力を···」
泣きながら謝る。本当に申し訳ない。私が弱いばかりに、3人を巻き込んでしまった。
「こっちむいて、雪乃ちゃん」
私の顔を温かく大きな手が包み込んでくる。目の前にある顔は優しく微笑んでいる。
「俺たちは、勝手に巻き込まれに来たんだ。雪乃ちゃんのせじゃない」
「でも···真昼くんに···」
どうしようもない思いが込み上げてきてしまい、上手く話せなくなる。
「裕、ちょっと変わって」
「はいはい、どうぞ」
今度は月島さんが私を抱き締めた。
「やっと恩返しが出来たの」
その言葉で少し落ち着きを取り戻す。私への恩返し···?
「覚えてないかな」
そういって彼女は私から離れ、唐突に自己紹介を始めた。
「月野莉華です。あの時はありがと、雪乃」
その瞬間、小学生の頃の思い出が一気に脳裏を駆け巡った。そうだ、なんで気付かなかったんだろう。この子は私が唯一心を開くことの出来た、月野さんだ。
「待って、説明してくれ」
「恩返し···?なんあったの?」
明石くんと真昼くんが首を傾げている。
「えっとですね···」
「いいよ、私がする」
そうして私と月島さんは過去を振り返り始めた。
心のゆうかい いのり @sakura-yuki
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