第3話 所詮は日陰の····

 「女子100m走の方、並んでください!」

熱気に包まれた会場の隅、なかなかキレイに並んでくれない彼女たちをどうにか動かそうとする。しかし、その願いはそう簡単に叶わない。むしろ···

 「まだそんなしっかり並ばなくてよくない?」

 「ちょっと可哀想だよ~並んであげたら~」

彼女たちは私をからかってくる。私だってやりたくてやってる訳ではないのに。だからと言ってサボるのはもっとやだ。けど···私が言っても意味がないのかもしれない···こんな時、中学の私はどうしてた。

 あぁ、先生がどうにかしてくれたんだ。

 でも、高校では違う。係りの仕事は自分で探して、小さなトラブルは自分で解決するんだ。自分で考えなきゃ。

 だとしたら、やることは1つ。声を出すだけだ。

 「間もなく、男子パン食い競争が終了します!並んでください!!」

 「え、もう終わるの?ヤバくない?」

お···いけそう!

 「並ぼ並ぼ」

良かった、上手くいったみたい。男子パン食い競争が終わる頃には並び終えていた。私だけでどうにかできた。

 そのまま招集係りの待機テントへと歩き、椅子に静かに座る。このあとは、1回休んで男子の騎馬戦の招集だ。何をしようか···

 「ひゃっ···!冷たっ、何!?」

いきなり首に冷たさが伝わってくる。正体を確かめる為に、急いで後ろをみる。視界に入ったのは焦げ茶色の瞳を持った黒髪の少年。

 「ま···真昼くん?」

 「お仕事お疲れ様です、雪乃委員長」

 「お疲れ様です···」

真昼くんは私に軽く挨拶をして空いていた隣の椅子に座った。 

 委員長呼びに不満はあるけど、気を悪くしちゃいけないよね。言わないでおこう。

 「雪乃ちゃん、はいコレ」

 「え···?」

彼の手にはスポーツドリンクの入ったペットボトルがある。どうゆう意味何だろうか?思ったままの事をそのまま口にしたところ、キレイな顔が少し歪んだ。

 「どうって···」

そう言った後、彼はクスクスと笑った。

 「コレあげるって意味」

 「そうゆうことですか···」

こうゆう時、友達付き合いの少なかった私は、どうしても『良い反応』の仕方が分からなくなってしまう。

 「あの、悪いです。いくら学校内の自動販売機が安いとはいえ···」

 「いいから」

真昼くんが私の手にボトルを持たせる。あぁ、渡されてしまった。ここはもう、素直に受け取っておこう。

 「ありがとうございます」

 「うん」

満足そうな顔で頷く真昼くん。やっぱりこの人の笑顔は眩しい。

 そんな風に思いながら早速、もたったスポーツドリンクを飲む。喉が、体が喜んでいる。

 「ふー···」

ため息ついた私に、彼は問う。

 「雪乃ちゃん、開会式終わってこっち来てから仕事しっぱなしでしょ?」

 「はい、私は出番がないので」

やっぱり、と彼は眉をさげる。何かまずいことを言っただろうか。

 「しっかり水分取った?」

 「い···いえ、水筒を応援席に忘れてしまって···」

そうだ、そういえば私は今さっき飲んだスポーツドリンクが、仕事を始めてから飲んだ初めてのモノだ。すっかり水分補給のことを忘れていた。

 「もー、仕事熱心なのは知ってるけどもっと自分を大切にしないと。5月下旬とはいえ、暑いんだから」

 「すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」

 「いいんだって、俺が勝手に心配しただけだから」

この人は、なんて優しいんだろう。ここまで私に気をかけてくれる人なんて、両親以外いなかったのに。

 「お、そろそろかな」

入場門を見ながら真昼くんが言った。私もつられてそっちを見ると、ちらほらと騎馬戦に出場する人達が集まっていた。

 「仕事開始、だね」

 「はい、頑張りましょう」

 「うん」

少しだけ会話をした後、私たちは仕事に取りかかる。幸い、真昼くんがいてくれたおかげで、さっきみたく手こずらなかった。

 試合が始まると各クラス全力で応援を始めた。私と真昼くんはテントの下で観戦する。テントの一部は日の光が差し込んでいて、ペットボトルの影を作っている。会場は騒がしく熱気に包まれていたが、私たちのいるこの空間は静けさに包まれる。しかし、それも長くは続かない。

 「裕くーん」

宮野さんを先頭に何人かの女子が走ってくる。彼女たちは全員、ハチマキを猫耳のようにしていた。

 「もー、探したよ」

 「ごめん、仕事だったんだ」

腕を絡ませる宮野さんを、ほどこうともせずに真昼くんは笑顔で答える。

 「ね、応援席行こうよ!皆、裕くんのこと待ってるよ」

 「いいよ、行こっか」

そう言って彼は私の方を向く。

 「雪乃ちゃんも行く?」

その瞬間、彼女たちの顔が強張る。

 「いえ、またすぐに仕事なので」

 「そっかー残念。また後でね」

 「はい」

本当は仕事なんてないけど、今ここで彼らについていったら確実にまずい。ごめんなさい、嘘をついて。

 「よし、行こう」

 皆が進んでいくなか1人だけ、足を動かさない人がいた。

 「楓···?どうしたの」

1人の女の子が動かなかった彼女に聞く。

 「先行っててー」

 「りょ、早くこいよー」

 「うん」

真昼くんたちが行ったのを確認すると、宮野さんは私の方にくるっと身を翻す。

 「あのさー」

 「はい」

何が始まるのだろうか。

 「裕くんに優しくされたからって、勘違いしないでよね」

彼女の口から出た言葉は、私の目を見開かせるためには充分だった。 

 「裕くんは優しいから、あんたみたいな地味な子に気を使ってるの。分かってる?」

 「は···はい。承知しています」

あまりに失礼な言葉につい、反論しかける。が、事実なのでそんなことはしない。

 「そう、ならいいの」

 「はい···」

もしかして、それを私に言うために皆を先に行かせたの?なんて無駄なんだろう。

 「じゃ、さよなら」

私の返事も待たずに、スタスタと行ってしまう宮野さん。

 彼女は、私を現実世界に引き戻した。

 確かに、優しくされて浮かれていたかしれない。自分も、ちゃんと他人に見られているんだって。バカだな。ちょっと考えれば分かったのに。

 机の上のペットボトルを手に取ってみる。日の光を浴びていたにも関わらず、その冷たさは貰ったときと何もかわっていなかった。ただただ、私の手に冷たさを感じさせている。

 応援席方を見ると、楽しそうに笑っている真昼くんの顔が見えた。羨ましい、私もあの輪の中に入れたらいいのに。でもそれは叶わぬ夢。だって所詮、私は日陰の住人だから。

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