第2話 分かっていたこと

 空がだんだんと闇に染まっていくのが、視界の端に入る。今日の帰りは雨かな···。折り畳み傘、入れといて良かった。

 「女子、誰かクラス委員やらない?」

先生が困った顔で教室を見渡す。それでも手を挙げる人はいない。それもそうだ。いくら人気者の真昼くんが一緒だとしても、クラス委員を進んでやろうとする人なんてそうそういない。1人を除いては、かもしれないけど。楓さん···宮野みやのさんは真昼くんとのことが好きみたいだから、立候補するかもしれない。それか···

 「はいはーい、楓は梶原さんがいいと思うの」

 「雪乃ちゃんか~いいね」

あ···やっぱり。自分が一緒に仕事をするよりも押し付けた方が良いですもんね。真昼くんも、きっとそう思って賛成したんだ。

 「確かに、梶原さんって真面目そうだし!」

 「制服、着崩さないしな」

 「はーい、私も梶原さんに賛成!」

私が何も言わないのをいいことに、1組の人たちはどんどん盛り上がっていく。またこのパターンだ。先生は目を丸くして固まっている。ふー···

 「先生、私がやります」

 「え···そう。じゃ···じゃあ梶原さんにお願いします!」

私に声をかけられてやっと動いた先生。初めてのクラス担任とはいえ、反応が遅い。

 はぁ···あと何回、この役をしないといけないんだろうか。

 「2人とも、前に出て何かひとこと言ってくれる?」

私と真昼くんは席を立ち、教壇の前にいく。その時にちらっと真昼くんを見る。その身長差は多分、20cmくらい。だとしたら、真昼くんは175cm。私と並ぶとかなり凸凹して見えるだろうな。

 「雪乃ちゃん、先にやる?」

教室の床を見ていたところに突然、きれいな顔が入る。焦げ茶色の目が私をじっと見ている。それにしても、ちょっと近すぎないかな?

 「えっと···どっちでもいいですよ」

 「じゃ、俺が先にやるね」 

そう言って前を向き、笑顔で喋り始める。

 「クラス委員なんて初めてだけど···」

その笑顔は私には眩しすぎるくらい明るい。まるで世界を照らしている太陽のように。そして気付く···

 

 ー私とは別世界の人間だ。

 

 「雪乃ちゃんの番だよ?」

 「あ、すみません」

つい、見とれてしまっていたらしい。整った顔が不思議そうにしている。しっかりしなきゃ。

 「梶原雪乃です。あの··中学では3年間学級委員でした···。頑張ります」

パラパラと拍手の音がする。真昼くんの時とは全く違う反応。···あ、余計な事を言ってしまった。中学で3年間学級委員だったなんて言ったら、この先ずっとクラス委員になってしまうかもしれないのに···。しっかりしないと···。

 「はい、では前期はこの2人にお願いしますね。座っていいよ」

私は先生に頭を下げてから、自分の席に足早に戻る。

 空はポツポツと水を落とし始めていた。 

 

 放課後、掃除を終えた私に仕事があたえられる。それは宮野さんの伝言から始まった。

 「梶原さーん、先生がこれを後ろの壁に貼っといてだって」

ドンと音をたてながら彼女が置いたのは、昨日書いた自己紹介カードだった。まとめてクリップでとめてある。

 「初のクラス委員の仕事だね」

 「はい···あの、真昼くんは?」

その瞬間、彼女の顔から可愛さが消える。

 「え、こんな雑用を裕くんにやらせようっていうの?」

 「クラス委員の仕事なんですよね」

ま···まずい。忘れていた。宮野さんは可愛い子をんだ。それも、たった1人の男の子の気を引くために。

 「裕くんはこれから楓とデートだから」

 「すみません。そうでしたか」

この子に正論を言っても今は意味がない。納得したをしなくては。

 私が納得したと思い込んだ彼女の顔は、再び仮面を被る。

 「そうなの~、だからそれよろしくね」

そう言いながら紙の束を指差す。

 「はい、デート楽しんで下さいね」

私は笑顔で返す。

 私の返事を最後に、宮野さんは教室を後にする。走り去っていく彼女は同い年とは思いがたい姿だった。小さな体に2つ結び。制服を着ているのと髪を下の方で結っているのが、ギリギリ彼女を高校生に見せていた。

 「さて···」

さっさと仕事を片付けて、家に帰ろう。今日はお母さんと茶道をする約束だ。

 「画鋲は先生の机の中でしょうか···」

長年の経験を活かしながら画鋲を探す。

 「やっぱりありました」

正直、勝手に机を漁るのはどうかと思うが仕方がない。それに、わざわざそんなことで先生を呼びにいくのは先生に悪い。

 画鋲と自己紹介カードの束を手に、後ろの壁とにらめっこ。真ん中に小さな黒板がある。そこには、先生の綺麗な字で月曜日の連絡が書かれている。

 「さてと、どんどん貼っていきましょう」

軽く袖をまくって作業に取りかかる。よく見ると名前順に貼れるようにまとめられていた。きっちりしたい性格なのかな。まぁ、自分も自己紹介カードを書いちゃうくらい真面目な先生なんだろう。

 先生のカードはたくさんの花が散りばめられていて、女性らしいデザインなっている。

 「北見きたみすみれ ···数学担当···か」

可愛い名前と見た目とは真逆と言っても過言ではないだろう。意外にも、すみれ先生は数学担当なのだ。

 のんびりしていられないと分かっても、ついついカードを見てしまう。次は···

 「明石心也あかししんや

確か、今朝私をじっと見ていた男の子だったはず。へー、真昼くんとは幼馴染みなんだ。いいな、幼馴染みがいて。ちょっと羨ましい。そう感じてしまうのは、従兄弟さえいるか分からないからかもしれない。

 「ダメです。早く終わらせないと」

私には待たせている人がいるんだ。急がないと。


 気合いを入れてから20分。私の集中は途切れる。

 「月島莉華つきしまりか···」

私を救ってくれた女の子の名前を見ることによって。いや、正確にはその子の名前に懐かしさを感じることによって。

 私の中で「莉華」とい名前の子は1人しかいなかった。でも、この子ではない。懐かしいあの子は私が唯一心を開くことのできた女の子。今はどこにいるのか分からない子。その子は、美人が理由で苛められていた。もう、何年も前のことだけれど。

 「もう1度会いたいですね」

今は違う。懐かしんでなんかいられないんだ。次々···

 「真昼裕···え、桜雪おうせつ中学校出身って···」

私と同じだ。だとしたら、かなり失礼な事をしてしまったかもしれない。いや、本人は知らないから思ってしまっただ。まさか、同じ中学校出身だとは。てことは····

 「やっぱり」

明石くんも桜雪中学校出身だ。何で気付かなかったんだろうか···。きっと、クラスが違ったんだ。それに私は人の名前を覚えるのが遅いから。

 ブーブー···

 机にかけてあるリュックから微かに携帯のバイブレーションの音がする。確認すると、お母さんからLINEがきている。

 『まだ学校にいるのかしら?大丈夫?』

なかなか帰ってこない私を心配してくれている様だ。尚更、早く帰らなくては。

 『クラス委員の仕事をしています。もう少しで終わるので大丈夫ですよ』

伝えたいことを簡潔にまとめ、送信する。そしてすぐに作業を再開する。

 それからは作業の手が止まることもなく、すぐに家に帰ることができた。帰る途中に水溜まりのに足を入れてしまったこと以外は、なんら問題なく帰れた。家に帰ったらお母さんが笑顔で出迎えてくれた。

 「お帰りなさい」

 「ただいま」

 「待ちくたびれたわ、早くお茶を飲みましょう」

急かす様にお母さんが言う。その口調からは本当にこの時間を楽しみにしていてくれたことが分かった。

 「待っててください。今回は特別美味しい茶葉にしますから」

 「ふふ、楽しみに待ってるわ」

そう言ってお母さんは茶室に移動する。私は濡れてしまった靴下を脱ぎ、自室へ向かう。着物に着替えたあと、お母さんのあとを追う様にして茶室に入った。

 そして、何故か思い出す。宮野さんに仕事を全て押し付けられたことを。でも別に不満な訳ではない。


 ーこうなることは既に分かっていたから

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