心のゆうかい
いのり
第1話 運命の歯車
ー俺、中学の頃から
ピピッピピー···
「ん···朝」
6時半を知らせるアラームが私を起こす。手探りでメガネを探し、布団からゆっくりと出て制服に着替える。高校生活が始まって3日目の今日。クラスメートがどんどんグループを作っていくなか、私は相変わらず馴染めずにいる。まぁ、そもそも馴染もうとも思ってないけれど。登下校にかかる時間は20分、誰かを誘って行くような距離でもない。休み時間は本に向き合う。何も困らずに過ごせる。いや···ネクタイが綺麗に結べないんだった。
「これでいいでしょうか」
体より制服の方が少し大きめだから、まだ違和感がある。カーディガンだけぴったりなのが、より違和感を感じさせる。
自分の格好に不満を持ちながら、1本の組み紐を手に取り髪を結う。可愛い人たちみたく、凝った髪型にはしない。ただ緩く、腰まである髪を結うだけだ。
「雪乃、ご飯できたわよ」
「はい、今いきます」
着物をしっかりと美しくきた女性が私の部屋の戸を開けて、教えてくれる。いつもご飯ができたらここまで呼びに来てくれる彼女は、優雅だが威厳のある自慢のお母さんだ。
昨夜、今日必要なものを入れたリュックを取り両親の待つ1階の広間まで降る。味噌汁の香りが私の鼻をかすめる。
「おはようございます、お父さん」
「おはよう、ゆき」
お父さんに軽く挨拶をし、リュックを横に置いていつもの席に座る。目の前には「日本昔ながらの朝食」という言葉の似合う食事が置いてある。私にとって朝からこの量は辛いけど、「残したら失礼よ」というお母さんの教えに従う。
「そういえば雪乃」
「はい」
テレビの音と食器に箸があたる音しかしなかった部屋にお母さんの声が加わる。
「クラス委員の類いは決まったの?」
「いえ、まだです。確か今日の1時間目に決める予定です」
口に残っていたご飯を飲み込み、何気なく答える。
「ゆきは眼鏡をしていると···いやしていなくても真面目に見えるからな」
「伊達メガネだと分かったら、そうは見えないと思います。マスクもしますから顔がほとんど見えませんし」
「そうかしら。UVカットとブルーライトカット用のレンズよ。平気じゃなかいしら?」
そう言って首を傾げる。よく見ると、3人の間あった鰹のお刺身はあと3切れになっている。
「それでもです」
偏見なのかもしれないけれど、伊達メガネといったらオシャレな人たちがつけているイメージがある。学校にまでオシャレをしてくる人なんて不真面目そう。でも、そんな風に思っていても絶対に外さない。
ー私はこれがないと自分を守れないから···
最後のひと切れになった鰹を頬張りながら、ふと時計を見ると7時になっている。残っていたご飯を飲み込んで、箸を置く。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
ゆっくりと立ち上がり、食器を片付けてからリュックを玄関に置く。洗面所に行くとそこには電動歯ブラシの本体とヘッドが3つ並んでいる。しかし、そこには昨晩まであったはずの歯磨き粉がない。私たちは3人で同じものを使っているから、なくなりが早いせいだ。えっと···確かストックは棚の中に···。
「あれ、ない。」
いつもはここに入っているのに。まさか買い忘れたのかな。でも、お母さんに限ってそんなこと。
「雪乃、ごめんね。はい、新しいの」
「ありがとうございます」
お母さんからそっと差し出されたものを手にする。すぐに使えるように透明のカバーは外されている。歯磨きのヘッドを本体に差し込み、歯磨き粉をつけて口に入れ、スイッチを押す。しっかりと磨いた後に口をゆすぐ。この世の人たちがやることだけれど、そんな細かい動作さえもゆっくり丁寧とやる。小さい頃から、他人より美しく行動するように言われてきた。その習慣は今だに抜けていない。
小さい頃のことを思い出しながら玄関へ歩く。ふと広間を見るとお父さんの姿がなかった。
「あれ、お父さんは」
「今日は2時限目からあるんですって。準備があるからもう行くって言っていたわ」
「さすが教授。忙しいですね」
お父さんは近くの大学で古典を教えている。学校の中では、こわいけど親身になってくれる人って言われていて人気らしい。
「じゃ、行きますね」
靴をはき、置いておいたリュックを背負う。
「雪乃、マスク」
「あ、ありがとうございます」
忘れかけていたマスクを受け取り、その場でつける。メガネには曇り止めをしている。よし、準備万端。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
お母さんの声を背に、ゆっくりと玄関の戸を閉める。
この家は、和と洋が上手に合わさっているのと、大きな庭が特徴。今は桃の花がきれいに咲いている。古臭くないのに、懐かしさを感じる。とても大好きな私の家。それに、家から駅までは学校に行く時間とさほど変わらないから便利だと思う。けれど···
「玄関から門までが少し遠いんですよね···」
思わず口に出したくなる程遠い。大きい庭がある代償なのかな。でも、不満な訳ではない。人混みから少し離れているから。それに···両親以外になかなか心を開くことのできない私にはよく似合っている。
ー俺、中学の頃から雪乃ちゃんのことが好きだったんだ。
歩いていたら、ふと今朝の夢を思い出した。誰だっただろうか。私に···好きって。ありえない。ほとんど人と話さない地味な私をそんな風に思うなんて···
「もう忘れましょう」
ただの夢だから気にすることでもない。
「おはよ~」
学校と駅をつなぐ道に出たとき、女の子が挨拶をする。
「おっは~」
それは私にではないけれど。
ほとんど顔の見えない私に、誰が声をかけるんだろう。それに、私が心を開くことのできる人なんているのだろうか。きっと···
ートスン
「あ、すみません!」
「ちょっと~どこ見てるの?」
私のぶつかってしまった男の子の隣にいた2つ結びの子が私を見ながら口を尖らせる。···怖い。
「あ···あの」
「ちょっと
1人の少女が私の前に立ち、楓さんに言う。
「そうだよ。
「う~···でも、
「ごめんね。雪乃ちゃん」
「は···はい」
楓さんの態度の変化があまりにすごいため反応が追い付かない。私があたふたしている間に彼らは行ってしまう。そして、やっと自分に向けられた視線に気付く。茶髪のきれいで格好いい少年が私をじっと見ている。何でしょうか···。
「おーい
「あぁ、今行く」
私をもう1度見たあと、心也くんは走って3人を追いかける。
なんだったんでしょうか。朝から女の子の態度の変わり方に驚かされたり、美少年に見られたり···。あれ···
「名前···」
確かあの裕くんって人···
何かで関わっていたかな···。ううん、きっと気のせいだ。聞き間違え。
「さてと···」
気持ちを切り替え、学校の敷居をまたぐ。少し曇り始めた空の下を、桜並木にそってゆっくり歩く。
ーはるか昔に、運命の歯車が動いてるとも知らずに。
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