6. 陽光の騎士 -Nobility Obligates-
「行くよ?」
ラケシスが隣に立つ真っ白な馬の首を撫でながら訊く。その首には縄が繋がれている。
「いつでも構いません」
馬はそう返事をした。発音はすこしくぐもっていたが、十分理解出来る範疇だった。その額からは一本、角が真っ直ぐ伸びている。先端は鋭く尖っていた。
ラケシスがフィルの方を見て頷く。それを見てフィルとレティシアは詠唱を始めた。難しくない魔法なのですぐに唱え終わる。フィルがかけたのは矢を逸らせる風の魔法。レティシアは体内の時間の動きを早める魔法だ。
魔法がかかったのを確認して、ラケシスは綱を引いて歩き始めた。ユニコーンが女性以外に触れられるのを嫌がったためだ。森から村の入り口に。すぐに木々が途切れて、彼女たちの姿は村から丸見えになる。バリケードにはまだ、村人の死体が吊されたままだった。
「止まれ!」
村の入り口まで二十歩ほどのところで、野太い声がかかった。ラケシスとユニコーンはその場にぴたりと足を止めた。
「ユニコーンを連れてきました!」
大声でラケシスが呼びかける。
「約束通り、村人を解放してください!」
「ほう……」
バリケードの上から、髭面の男が顔を出す。少し目尻が下がっていた。その隣からもう一人。こちらは短弓を構えている。
「お前、武器とか持ってないよな?」
「はい」
ラケシスは男をにらみ付けながら頷いた。
「よし、ゆっくり近づいてこい。怪しい動きをしたら、矢を射るからな」
「はい」
ラケシスはゆっくりと道を歩いて行く。ユニコーンも頭を下げたままとぼとぼと後を追う。
俯きながらラケシスが歩いて行く。
朝日が彼女を照らしている。
キラキラと、彼女の髪と鎧が光を反射していた。
村の入り口まで後五歩。
足を止める。
息を、
飲む。
「おい?」
男が不審な表情を浮かべる。
その瞬間、
バリケードが吹き飛んだ。
轟音。
レティシアの魔法だ。
それを合図にフィルたちは森を飛び出した。
疾走。
ラケシスが駆ける。
腰からナイフを引き抜いて、
棒立ちの男と距離を詰める。
「くっ!」
動揺している男の腕を薙ぎ、返す刃を胸に突き立てる。
声すら上げられずに男は地面に倒れた。
もう一人の男には、ユニコーンが突進し、角を突き立てた。
森から一斉にウォーキナーマたちが村に向かって走って行く。フィルも後を追った。すぐにラケシスに追いつき、彼女の槍を手渡す。
「貴様ら!」
村の中が一気に騒がしくなる。
そこに、上空から幻獣が一斉に攻撃を仕掛けた。
ワイバーンやグリフォン、ペガサスが急降下し、
ポーチャたちに襲いかかっていく。
ハーピーが上空から魔法で攻撃している。
少し遅れて、ウォーキナーマたちも吹き飛んだバリケードの残骸を踏み越え、村の中に侵入した。村のあちこちで乱戦になる。金属がぶつかりあう音が響き渡る。森からばさばさと鳥が飛び立つ音がする。
フィルとレティシアは最後尾から村の中に入った。事前に決めていたとおり、左右に分かれる。敵に近づかれないように隠れながら、味方に補助魔法をかけていく。
ラケシスはまた先頭に立っていた。向かってくる敵を相手にしながら、急いで村の広場に向かって走って行く。早めに人質を確保しなくてはならない。ジルを回り込ませているが、狐一匹では大したことは出来ない。
大柄な男性が立ちふさがる。
ラケシスは気にせず突っ込んでいく。
レティシアの魔法のおかげで身体が軽い。
「―――ッ!」
裂帛の気合いとともに愛用の槍を突き出す。
狙いは男の右手。
男が半身になって躱す。
槍を引く。
長剣で斬りかかってくる。
それを左腕の盾で受け止める。
腰を落とし、
長剣を押し返す。
圧力に、相手がバランスを崩し、
その隙を逃さなかった。
たたらを踏む、
相手の胸に槍を突き刺す。
手応え。
肉を切り裂く音
返り血を顔に感じる。
それを拭いもせず、ラケシスは槍を引き抜いた。一度首を左右に振り、周囲を確認してからまた広場に向かって走り出す。
広場に入ると、人質が後ろ手に縛られて頃がされているのが見える。二十人くらいはいるだろうか。大きな斧を持った大男が、血走った目で見ていた。
「おい! 止まれ!」
大男が叫ぶ。
ラケシスは歩調を緩めない。
「止まれって言ってるだろうが!」
大男が斧を構える。その下には村人だろう、黒髪の男の子が転がされている。がたがたと震えている。顔が真っ青だ。失禁してしまっている。
ぴたり、とラケシスは足を止めた。
「こ、こいつの命が惜しかったら武器を捨てろ!」
少し震えた声で男が言う。
構えていた槍をラケシスは下ろした。呼吸を整えながら両手をだらんと身体の前に下げる。しかし、槍は手放さなかった。
「人質を放しなさい!」
ラケシスは男を睨め付けた。
「ち、近づくな!」
大男がへっぴり腰で言う。しかし斧は右手で構えたままだ。その真下に少年の頭がある。
男との距離は三歩ほど。
目を見る。
瞳が揺れている。
息を呑む。
息を吐く。
呼吸を、
止める。
男の背後から、
ジルが飛びかかる。
「うわっ!」
男が狼狽した声を上げる。
右足を踏み出した。
槍を下から
回しながら
薙ぐように
上げる。
手応え。
穂先が喉と顎を切り裂く。
噴き出す血液。
大男は悲鳴も無く倒れた。息が漏れる音がする。その咽があふれ出す血で真っ赤に染まっている。
ラケシスは縛られた男の子を抱き起こした。槍の穂先で縄を切ってやる。真っ青な顔をした少年に、森に逃げるように伝える。
ラケシスは辺りを見渡す。剣戟はかなり小さくなっている。時折、幻獣のうなり声が響く。ウォーキナーマたちが人質になっていた村人たちを次々に解放していく。
「そこまでだ!」
広場に面した一軒の扉が開く。見覚えがある。村長の家だった。
「―――!」
ラケシスは息を呑んだ。
まず、パピスの姿が見えた。脇から毛むくじゃらの腕が生えているように見えた。その手には鈍色の短刀が握られている。
そして、のっそりと髭面の男が姿を表した。
パピスを楯にするように、家を背にして立っている。刃が首筋に押し当てられている。男の屈強な左腕はパピスの胴に回されていた。
パピスの顔には大きな痣があった。鼻から血も流している。ぐったりとして、男の腕に抱きかかえられるように立っている。
「む、村長!」
ウォーキナーマが一人叫ぶ。
「なんてことだ!」
続々とウォーキナーマが広場に集まってくる。村の中のポーチャはかなりの数が地面に倒れ伏している。戦いの音が段々と止んでいく。
「こいつの命が惜しかったら、全員武器を捨てやがれ!」
髭面の男が怒鳴る。
昨日、バリケードのところで話していたのと、同じ声だとラケシスは気が付いた。
「村長……」
ウォーキナーマが一人、また一人と武器を捨て始める。
「おっと、その獣たちもな!」
髭面の男はそう叫ぶ。その言葉に従った訳ではないだろうが、幻獣たちは次々に村から飛び去っていく。まるで、何かを恐れているかのようだった。
「おい! お前もだ!」
男がラケシスに向かって叫ぶ。
両手をだらんと下げる。
しかし槍は手放せない。
「離せ!」
ぎゅっと柄を握りしめる。
指が白くなるほどに。
唇を噛む。
「このババアがどうなっても良いのか!?」
刃が首筋に押し付けられる。
赤い筋が一本流れた。
パピスは目を瞑っている。
「頼む……」
その声はラケシスの後ろから聞こえて来た。
「村長だけは……」
ラケシスは一瞬、周囲に視線を走らせた。
ウォーキナーマたちは皆、武器を捨てている。広場にほぼ全員が集まっているようだ。
その周りを、ポーチャたちが取り囲んでいる。多くの者が血を流している。しかし、全員が武器を構えている。爛々と光る目で、ウォーキナーマを見つめていた。幻獣よりよほど、獣に近かった。
「私ごと貫きなさい」
パピスが口を開く。
目は瞑ったままだ。
「それで、村は救われます」
「黙れ!」
男が叫ぶ。
「早く!」
ラケシスは息を吐いた。
奇妙なほどに静かだった。
剣戟の音もしない。
幻獣の声も聞こえない。
風の音すらしなかった。
自分の呼吸だけが
やけに耳に響く。
パピスをきっと睨む。
老婆は小さく頷いた。
増大する
威圧感。
ひれ伏したくなるほどに。
圧倒される。
ラケシスは意を決して
左足を踏み出し、
槍を突き出した。
真っ直ぐ。
最速の動きで。
鈍い、
手応え。
使い慣れた白い槍の穂先は
寸分違わず
ポーチャの左腕を貫き、
パピスの背中から突き出ていた。
「ば、バカな……」
男が呻く。
「村長!」
「てめえ!」
ポーチャがいきり立つ。
パピスを突き飛ばす。
刺さったままの槍が
パピスの身体に引っかかり、
ラケシスは右側に倒れ込んだ。
「くそっ!」
男が剣を振りかぶる。
膝をついたままだ。
ラケシスの顔に
剣の影が落ちる。
「―――ッ!」
瞬間。
轟音。
爆風。
目を開けていられない。
思わず左腕で顔を庇う。
体勢を下げる。
風が収まる。
ラケシスは目を開いた。
目の前の槍を拾う。
立ち上がると、
目の前にいたのは
巨大な、
白い竜、
だった。
「白妙の竜姫……」
だれかがぽつりと呟く。
巨躯は
広場のほとんどを占めていた。
その右腕の
巨大な爪に
ポーチャだったものが
引っかかっていた。
「あ、あああ」
誰かが呻く。
「うわああああ!」
叫び声になる。
それが引き金になったように、
ポーチャたちが一斉に逃げ出した。
「天帝の祝福、神聖なる秩序の門よ……」
竜姫が朗々と詠唱を始める。
美しいほどに、
高らかに。
魔力が収縮していく。
逃げ惑うポーチャたち。
その全ての頭上から
白い光が降り注ぐ。
爆発。
清廉な光。
爆発。
後に残ったのは
静かに倒れ伏す賊だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます