4. 血塗れの選択 -The Most Importance-(2)
小屋の中は沈痛な空気に包まれていた。ウォーキナーマたちは皆、一様に俯いている。言葉を発する者は誰もいなかった。先ほどと同じ小屋とは思えない。
村人を人質に取られ矢を射かけられ逃げ戻ってきた。およそ半分くらいは矢を受け怪我をしている。一人、急所に当たって亡くなったウォーキナーマもいたが、そのまま打ち捨ててくるしかなかった。
幸い、フィルたち三人に怪我はなかった。無闇に突っ込まなかったおかげだ。今は三人で部屋の隅に固まって座っている。
「なあ、どうしたら良いんだ?」
若い男が顔を上げ、リーダーに向かって訊いた。小屋に戻ってから、初めて放たれた人の言葉だった。
「どうって……」
リーダーがもごもごと言う。視線は小屋の床に落ちたままだった。
「家族が人質に取られてるんだ! 奴ら、村の人間を殺すって言ってた。早く何とかしないと!」
若い男が叫ぶ。リーダーが宥めるように返す。
「解ってる。解ってるよ」
「解ってる? だったら、こんなのんびりしている暇なんてないだろ! 早くしないと! 一日に一人ずつ殺すって言ってたんだぞ!」
「なんとかって、どうしろって言うんだよ!」
リーダーが吐き捨てるように怒鳴り返した。
「言ってただろ。ユニコーンの角を持ってこいって!」
「そんな高価なものはここにはない!」
「じゃあどうするんだ?」
別の壮年の男性が言う。口調こそ落ち着いていたが、表情は険しかった。
「奴らの言うとおり森にいるユニコーンを狩るのか?」
「それは駄目だ」
壮年のウォーキナーマが言った。白髪が一部、血で赤黒く染まっている。重々しい口調で続ける。
「ダルムシュタットの民として、森の幻獣を狩るなど、到底許されない」
「そんなこと言ったって!」
最初の男が叫びながら立ち上がった。壮年の男に詰め寄るように怒鳴る。
「家族の命がかかってるんだぞ!」
「だとしてもだ」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
若い男は食ってかかった。今にも殴りかかりそうだった。それを他のウォーキナーマたちが引きはがす。
「どちらにせよ、村は幻獣で成り立っている」リーダーが厳かな声で言った。「もしユニコーンを狩ったりしたら、幻獣たちは我々を許さないだろう。村はすぐに暮らしていけなくなる」
「そんな先のことを気にしていられる状況ではないのではないか?」
別の男が言う。先ほどの壮年の男が皮肉っぽく返した。
「むしろ、怒り狂った幻獣に殺されかねないぞ。ユニコーンだって魔法が使えるし、強力だ。狩るどころか皆殺しにされかねん」
「まさか、そこまでは……」
「ユニコーンを狩れたとしても、他の幻獣が襲ってくるかもしれん」
「幻獣は種族毎に暮らしているから、気にしないのでは?」
「無いと言い切れるか? 守ると言っておきながら、裏切った人間を幻獣が許すとは思えない」
壮年の男がゆっくりと首を振る。反駁していた男たちは黙り込んだ。
「じゃあ、家族を見殺しにしろって言うのかよ」
「それはあり得ないだろう」
リーダーが言う。男たちがみな頷きあう。
フィルは床につけたお尻をもぞもぞと動かした。男たちは喧々囂々としている。ふと横目で見ると、レティシアが少し冷たい目をしていた。ラケシスは強い視線でリーダーを見ている。三人のいることなど忘れているかのように、ウォーキナーマたちは激論を続ける。
「じゃあ、どうすれば良いのだ?」
「奴らと戦うしかないだろう」
壮年の男が言う。
「でも、あんな風に守りを固められたら、攻め込むのは大変だぞ。かなり人数もいるようだし……」
「門にはバリケードが作られていたな。あれを壊している余裕はあるまい」
顔をつきあわせてウォーキナーマたちが考え始める。すると、最初に発言した若い男が高い声を上げた。
「待て。人質を取られているんだぞ」
「ああ」
「村人に武器を突きつけられたらどうするんだ。何も出来ない」
「それは……」
「一方的に殺されるだけだ!」
また一気に部屋の雰囲気が悪くなる。
「正面から攻めるわけにはいかんな」
「何とか奴らの目を盗んで、村の中に侵入するしかないよ。それで、まずは人質を逃がそう」
今まで黙っていた一番若いウォーキナーマが言う。フィルたちとほぼ同年代のようだった。
「そんなことが可能か? 奴らだって、見張りを置いているだろう」
「気づかれる前に一気に倒すしか」
「どうやって?」
「そもそも、村の中にどうやって入るのだ? 秘密の通路があるわけではないのだぞ」
「現実的ではないのではないか。それは。この状況で戦ったところで、結果が見えている」
誰かが言ったその一言に、反論する者はいなかった。
「そもそも、奴らの目を盗んで村に入り込めるのか? もし村に入り込めたとしても、見張りがいるだろう。奇跡的に、そいつをすぐに倒せたとしても、今度は何十人もの村人を気づかれずに逃がさないといけない。老人や子供もいるのだぞ?」
「では、どうすれば良いのだ?」
「やはり、ユニコーンを狩るしかないのでは?」
「それはさっき無理だと言っただろう。すぐに村が崩壊する」
「だって」
「じゃあ、どうするんだ?」
「幻獣を狩ることは出来ん。かと言って、村に攻め込んでも、死人を増やすだけだ」
「逃げるしかないのでは?」
「本気で言ってるのか? 人質が殺されるぞ」
「あり得ない」
フィルは腕を組んだ。レティシアも難しい顔をしている。
「こんなときに村長がいれば……」
「そうだ。パピス様は?」
「一緒に捕らえられているのだろう。村にいたのだから」
壮年の男の言葉に、次々と俯いた。
「パピス様なら、こんなとき、なんとかしてくれただろうに……」
部屋の中に沈黙が落ちる。示し合わせたように俯いてしまう。
「ねえ」
「っ!」
脇を突かれ、慌ててフィルは振り向いた。間近にラケシスの真剣な顔があった。鳶色の瞳が真っ直ぐにフィルのことを見つめている。フィルは少し上体を引いた。
「どう思う?」
「罠だったんだと思うよ」
フィルは小声で答えた。
「ポーチャの手際が良すぎる。この短時間で、占拠はともかくバリケードまで作るなんて。最初から村を占拠する計画だったんだ」
「矢を見せたのも計画のうちかしらね」
レティシアも小声で言った。ラケシスは眉を顰めた。
「どうしたら良いと思う?」
「難しいね」
フィルは即答した。小声で続ける。
「人質を取られているから逃げるわけにはいかないし、正面から攻めるわけにも」
「ユニコーンを狩るのも出来れば避けたいでしょうね」
レティシアが顔を寄せて言った。三人でひそひそと相談する。
「村の現状として、幻獣との関係を断ち切るわけにはいかないし、そもそも狩れるのかどうか」
ラケシスが頷く。
「村人だけじゃどうしようもない。僕たちが協力してもたかが知れてる。もっと強力な味方が必要だね。ルサンから騎士団でも連れて来たいけど、距離が……」
「どうしたものでしょう……」
レティシアが顎に指を当てて考えはじめた。
結論は見えていた。ここにいる人間だけでは解決の道はない。人質となっている者も含め、村人の命を優先して考えるのなら、ユニコーンを狩るしかない。ルサンの騎士団に助けを求める手もあるが、時間が掛かりすぎる。全員ではなくとも、人質が殺されるだろう。その、見えきっている犠牲に、ウォーキナーマが耐えられるとはとても思えなかった。ポーチャにしたところで、何日も音沙汰がなければ、何か策を練っていると気が付くだろう。
「皆さん」
ラケシスがおもむろに立ち上がった。窓から射し込んだ夕日を反射して、金髪がキラキラと輝く。室内に光が満ちたようだった。
自信に満ちた表情だった。
視線が一斉に彼女に集まる。
小屋全体に届く程度の力強い声で、彼女は話し始めた。
「幻獣に助けを求めてはいかがでしょう?」
「……なに?」
誰かが上擦った声を上げる。フィルも目を瞬かせた。
ラケシスは室内をゆっくりと見渡しながら、言葉を発した。
「このまま村に攻め込んでも勝つのは難しいでしょう。かといって、ユニコーンを狩るわけにもいかない。敵を前にして逃げるなどと言うことも出来ません。こっそり人質を逃がすのも現実的ではない」
落ち着いた声音で、ラケシスは絶望を告げた。
村人の何人かが俯く。
とっくに皆、解っていたことだった。
「ここにいる、私たちだけではどうすることも出来ません。助けが必要です。しかし、ここから街道に出るには村を通らなくてはいけません。それに、ルサンは遠すぎます。騎士団の協力が得られても、ここに到着するまで何日もかかるでしょう」
朗々とした声でラケシスは部屋の真ん中に向かって、話を続けた。
「このダルムシュタットを助けてくれるとしたら、それは長き同胞である幻獣しかないのではないでしょうか」
「し、しかし!」
壮年の男が上擦った声で言った。
「そんな話、聞いたことがない」
「他に方法はありません」
「……幻獣が協力してくれるのか?」
リーダーが呻くように言った。
「そもそも、幻獣は種ごとに別れて暮らしている。どこに話を持っていけばよいのか」
「言葉が通じる幻獣でないと無理だろう」
「すると、ユニコーンとリンクス、ハーピー、くらいか?」
「マンティコアも会話は出来るが……」
「それは止めた方が良いのでは? 邪悪だぞ」
「逆に、ポーチャどもの肉を食わせてやる、と言えば協力してくれるやもしれん」
ウォーキナーマたちがごそごそと相談を始める。今まで沈黙していた反動のように、皆が口々に意見を言う。その顔には少し、生気が戻っていた。
ラケシスはちらりとフィルの方に視線を寄越した。目が合うと、小さく頷く。
「森の主に話を持っていきたいと思います」
「なっ!」
ウォーキナーマが一斉に絶句した。
「幻獣たちに話をするなら、主を通さないわけにはいかないでしょう?」
「しかし……」
男たちは顔を見合わせた。容赦なくラケシスは続けた。
「湖にいると聞いています。会いに行きましょう」
「それは無理だ」
白髪の男が首を振った。渋い顔をしていた。
「森の主は姿を現さない。もう何十年も、姿を見た者はいないんだ。とても、俺たちが会いに行っていいようなものじゃない!」
噛んで含めるように男は言う。しかしレティシアが冷たい声で言い返した。
「理由になっていないのでは?」
「お前らはダルムシュタットで生まれ育ったものじゃないから解らないんだよ!」
レティシアの言い方が癇に障ったのか、若い男が叫ぶように言った。
「言ってみれば、ただのルサンの町人が、いきなり銀狼の族長にお願い事をしに行くようなもんだ!」
男の言葉にレティシアは首を傾げた。心底不思議そうな表情だった。
「必要なら会いに行けば良いでしょう?」
「行けるか!」
男が怒鳴るように言い返した。
「まあまあ」
見かねてフィルは両手を大きく振った。レティシアは幾分不満そうだったが、それ以上何も言わなかった。
「主の住処まで案内してください」
ラケシスが良く通る声で言った。
「私が会いに行きます」
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