4. 血塗れの選択 -The Most Importance-(1)

 ぴたりと足を止めたのはジルだった。

「ジル?」

 ラケシスがしゃがみ込んで問いかける。ジルは耳をピンと立て、首を振っている。何かに強く警戒しているような素振りだった。

 フィルたちが小屋に着いたときには、森に入っていたウォーキナーマはすでに勢揃いしていた。村が占拠されたという情報は、フィルたちが目撃した逃げ出した村人から伝わっていたが、詳しい状況が判らず、先に向かったグループの報告を待っていたらしい。

 フィルたちが朝、広場で号令をかけていたリーダーに事の次第を説明したところ、激高した。すぐに村に向かうこととなり、フィルたちはまたもや、村に向かって歩くことになった。

「どうしたの?」

 フィルたちも足を止めた。もう村まで目と鼻の先だ。最後尾を歩いていたので、取り立てて問題はない。フィルは目で問いかけたが、ラケシスは首を横に小さく振っただけだった。

「なっ!!」

 そのとき、ウォーキナーマの前の方から、声が聞こえてきた。細波のようなざわめき。ウォーキナーマは足を止めていた。

 ラケシスが男たちをかき分けるように前に出て行く。フィルは慌ててその後を追った。途中で、男が持つ弓へ強かに額をぶつけた。

 それでもなんとか前に出る。

「……っ!」

 額をさすりながら見たものは、

 完全に痛みを吹き飛ばした。

 男たちがぶら下げられていた。

 首をだらりと下げている。

 ぴくりとも動かない。

 幾本か、矢が突き立っている。

 顔や身体は赤黒く染まっていた。

 腕や足が切断されているものもあった。

 はっきりと、血臭を感じた。

「う、うぉー!」

 一人の男が叫ぶ。それに呼応するように、次々と叫び声が上がる。

 そして、狂ったように突進した。

 次々と村に入り口に築かれたバリケードに向かって走って行く。

 フィルは後ろから押されてバランスを崩した。

 風を切る音。

 次々と。

 尋常な本数ではなかった。

 降り注ぐ

 矢。

 そして、

 肉に突き立つ音。

 うめき声。

 ウォーキナーマたちが、

 ばたばたと地面に倒れ伏す。

 さらにその上に矢が降り注ぐ。

 黒い雨のように。

 次々と

 突き立っていく。

「ウォーキナーマども!」

 バリケードの中から大きな声がする。

「止まりやがれ!」

 野太い声だった。フィルからは姿が見えなかった。バリケードの裏から声だけが聞こえてくる。

 村に近づこうというウォーキナーマはもういなかった。村からの声の所為ではない。圧倒的な矢の楯が、ウォーキナーマたちの足をその場に留めていた。

 矢の雨が止む。奇妙な静けさの中、顔の見えない声だけが飛び交う。

「村人は全員捕らえてあるんだ。バカなマネはするなよ」

「バカはどっちだ!」

 リーダーが叫ぶ。しかし答えは笑い声だった。嘲るような、甲高い声。

「こいつらみたいになりたくなかったら、一度冷静になるんだな」

 声が言う。バリケードにぶら下げられている男たちのことを言っているのだろう。

 よく見ると、ぶら下がっている死体は武装していた。先ほどフィルたちと話をした、村の様子を見に行った四人組のようだった。

 女性や子供の死体はない。村にいる人質には手をかけていないようだった。

「俺たちの狙いはユニコーンの角だ。お前らの命なんてどうでも良い」

 勝ち誇った声が言う。

「持ってこい。生きていても角だけでも構わねえ。そうしたら村人の命は助けてやるよ」

「そんなこと! 出来るわけがないだろう!」

 リーダーが叫び返す。

「我々はダルムシュタットの民なのだ!」

「そうかい」

 声が冷たさを帯びる。

「明日までに持ってこい。そうしねえと、毎日一人ずつ、ここにぶら下がる村人が増えることになるぜ。生きている奴がいなくなるまで何日かかるかな?」

「―――っ!」

 リーダーは声を出せなかった。笑いを含んだ声が追い打ちをかける。

「何が大事かよく考えるんだな!」

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