3. 密猟者たちの胎動 -Poacher in Village-(4)
「本当みたい……」
ラケシスがジルの首を撫でながら、沈痛な面持ちでそう言った。
「どうしようか?」
三人は道の脇の茂みにまた隠れていた。ポーチャの男が言った言葉が本当かどうか、まずは確かめようということになったのだ。
男は要求を伝えると、すぐに村の方に戻っていった。今思えば、素直に返したのは失敗だったかも知れない。だが、そのときは動揺していて、そこまで考えが及ばなかった。
「どんな様子なの?」
「武装した奴らがたくさんいるって。村の周りを巡回しているのもいる。屋外にいるのだけで二十人は下らないみたい。村の入り口はバリケードで固められてる」ラケシスはジルと見つめ合いながら、ぽつりぽつりと言った。「村人は縛られて広場に集められているみたい。それから、家が二軒焼けたって。亡くなった人もいるみたい」
「村長……パピスさんは?」
「えっと……。一緒に縛られているみたい」
「そう……」
レティシアは頷いた。それから金色の狐の頭に手を伸ばした。
「ジル、ありがとうね」
主の髪の毛と同じ色をした狐は、されるがままに身体を丸めていた。
「どうしようか」
「まあ、とりあえずはウォーキナーマの人に伝えるしかないんじゃない?」
「うん」
ラケシスがすぐに頷く。きっと、訊く前から同じ結論に至っていたのだろう。
「湖の北に小屋があるって言ってたわね」レティシアが眉を寄せたまま言った。「とりあえずはそこかしら」
「そうだね。今日は行ったり来たりだ」
三人は一斉に立ち上がった。また早足で湖の方に戻っていく。
太陽はすでに天頂を通り越し、傾き始めている。ジルが偵察に行っている間に三人は昼食を済ませていたが、味をまったく覚えていない。朝、村で作って貰ったのがもう遠い過去のようだ。
湖に向かう道は三度目だったので、もう慣れたものだった。
「ジルはどうやって村を見てきたの?」
「え? 普通に歩いてだけど?」
きょとんとした顔でラケシスが首を傾げる。
「だって、捕まっちゃったりしない?」
「まあ、物陰に隠れながらだけど。ジルはすばしっこいし身体も小さいから、そうそうそんなことにはならないよ。そもそも、私と一緒に行動していない限り、眷属だと思われないことの方が多いし」
ラケシスは胸を張ってそう言った。
「ジルのおかげですごく助かってる。トーカブルに生まれたことを神様に感謝しなきゃ。その分、みんなの役に立たなきゃだけどね」
「……そうだね」
フィルは曖昧に頷いた。自分でそう感じたことは今までに無かった。リルムに助けられたことも多いが、トーカブルの意味のようなものを深く考えた事はない。
早足で森を歩く。すぐに湖についた。一気に視界が開ける。湖岸に、武装した一団が見えた。向こうもこちらに気がついたようだ。
「あれ……」
「ウォーキナーマだと思うけど」
首を傾げたレティシアにフィルは答えた。
「でも、こちらに弓を構えていない?」
「ポーチャだと勘違いされているのかも」
「……随分暢気ね、フィル」
「いきなりは射かけてこないよ、多分」
フィルの予想通り、彼らは弓を構えたまま、湖岸をじりじりと近づいてくる。四人の、武装した男性だった。矢羽根が白い。
「おーい!」
ラケシスが槍を頭上に高く掲げて、大声で呼びかけた。
「ウォーキナーマの方ですか-!」
特に返答は無かった。しかし少し相手の緊張感が緩んだ。ラケシスはさらに呼びかける。
「私たちはデンババ導師の紹介で、一昨日から村に滞在している者ですー!」
ラケシスがデンババの名を出す。思い当たる節があったのか、彼らは幾分足を速めて近寄ってきた。
表情が判るくらいまで近づいたところで、彼らは足を止めた。弓はまだ下ろしていない。
「騎士の人たちか?」
「そうです! ウォーキナーマの方ですよね?」
ラケシスは大声で答えた。その影のない調子に、彼らも安心したようだった。
「そうだ」
「大変なんです! 村が襲われて……」
ラケシスが言うと、ウォーキナーマは重々しく頷いた。
「我々も逃げてきた村人から聞いて、慌てて戻って来たところだ。本当なのか?」
「はい」
ラケシスは村の様子を詳しく説明した。ウォーキナーマたちは一気に重苦しい表情になった。
「今日は、村には戦えるヤツを誰も残してこなかったんだ。森にポーチャが入り込んだという話を聞いたから」
「罠だったのかもしれませんね」
レティシアが口を挟んだ。
「とにかく、一度村の様子を見に行きたい。この目で様子を確認したいんだ」
「……解りました。かなり警戒しているようですので、気をつけてください」
「ああ。気をつける」
ウォーキナーマの男が重々しく頷いた。その顔に向かってレティシアは問いかけた。
「他のウォーキナーマの人たちはまだ森の中ですか?」
「そうだ。だが、小屋に集まるように、と招集をかけてある。すぐに集まるはずだ」
「小屋、とは、湖の北にあるもののことですね?」
「ああ」
レティシアは小さく頷いた。
「なら、私たちはまずそこに向かいます。状況を伝えましょう」
「そうしてくれると助かる」
ウォーキナーマたちは短く頭を下げると、村の方に早足で歩いて行った。その背中が見えなくなるまで見送ってから、レティシアは向き直った。
「では、行きましょう」
湖岸を歩き出すなり、ラケシスが口を開いた。
「良いのかなぁ。見に行ったって、近づくのは難しいと思うんだけど。ジルが見てきた以上の情報は手に入らないよね」
「でしょうね」
レティシアは簡単に頷いた。
「でも、彼らだけが知っている道などがあるかも知れない。気づかれずに近づけるような」
「うーん。お城とかならともかく、村への隠し通路はないんじゃないかな」
ラケシスが再度ぼやいた。しかし、彼女も強く止めようとはしなかった。ウォーキナーマたちの気持ちは解らなくも無い。
「とにかく、急ぎましょう。早く村人を助け出さないと」
「そうだね」
三人は頷きあって、さらに足を速めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます