3. 密猟者たちの胎動 -Poacher in Village-(3)

「あれ?」

 異変に気がついたのはフィルだった。

「どうかした?」

「煙が……」

 フィルは南東の空を指した。昼を過ぎたばかりの太陽が近くに昇っていて、とても眩しい。しかし、青い空に一筋登っていく白い煙ははっきりと見て取れた。

「本当だ」

 ラケシスが右手で庇を作りながら瞬きをする。

「あれ、村の方じゃない?」

 フィルが指摘すると、レティシアが地図を取り出した。眉を顰めていたが、やがて肩を竦めた。そりゃ、地図を見ても現在地は書いていないのだから無駄だろう、とフィルは思ったが、何も言わずにおいた。

「ちょっと、方角までは……」

「ティアってもしかして方向音痴?」

「そんなことはありません」レティシアは目を吊り上げた。「ルサンの中で迷うことはないから」

「それは方角じゃなくて、道を記憶しているからでしょ」

 ラケシスが半笑いで言う。

「ルサンの中ならそれで事足りるもの」

 平気な顔でレティシアはそう返した。

「まあ、お昼時なら煙くらい上がるのでは?」

「でも……」ラケシスは眉を顰めた。「ちょっと煙が尋常じゃないよ。料理で出るにはちょっと多すぎる」

「……そうかしら?」

 三人でもう一度空を見上げる。白い煙がもくもくと上っているのがはっきりと見て取れる。

「火事かな?」

「かもしれない」

 ラケシスにフィルは頷いた。

「一度戻ってみる?」

「そうしましょう」

 レティシアが凜とした声で言った。

「何か出来ることがあるかもしれないわ」

「そうだね」

 朝通ってきた道を、早足で戻っていく。こんなときにこそリルムがいてくれたら、とフィルは思った。今頃はレティシアの家で、文字通り羽を伸ばしているのだろう。

 湖の脇を抜け、村への道を歩く。近づくにつれ、煙がどんどん大きくなっているように感じる。

「たしかに、料理の煙じゃないわね」

「うん……」

「なんだか、嫌な予感がする」

 ラケシスがぽつりと言う。ジルもさっきから耳をぴんと立てて、首を大きく振っている。警戒の態勢だった。

「……!」

 前方から、茂みをかき分けるような音が聞こえてきて、フィルたちは立ち止まった。音が非常に大きく、とても乱暴だった。しかし、道が曲がりくねっている所為で、先が見通せない。

「……何?」

「普通に歩いてるだけじゃ、こんなには……」

 フィルは二人に目配せをして、道から外れた。茂みのなかにしゃがみ込む。二人と一匹は慌ててフィルについてきた。

 茂みは三人が隠れるのに十分な大きさだった。葉の隙間からそっと道の方を覗く。

 段々音が大きくなってくる。

「……!」

 必至な形相で走り抜けていったのは、人間だった。

 年配の女性だった。手には何も持っていなかった。顔に見覚えはないが、村人のように見えた。声をかける暇も無かった。

「どうしたんだろう?」

「さあ……」

 三人は顔を見合わせた。

「森に入るような格好じゃなかったよ」

「何をそんなに慌てていたのかしら?」

「火事?」

「あんなに慌てるかなぁ」ラケシスは首を傾げた。「お尻に火がついていたわけでもなし」

 三人は首を捻りながら道に戻る。フィルはラケシスの髪についた葉を一枚、払ってやった。

「まあ、村に行けば……」

 レティシアが言いかけたとき、また、村の方から茂みを揺らす音が近づいて来た。さっきと同じような、酷く慌てたような音だった。

「訊いてみる?」

「ええ」

 フィルとレティシアが頷きあう。道を塞ぐように立ち、現れるのを待つ。

 音が近づいてくる。フィルは少し腰を落とした。

 待つ。

 木の影から、姿が現れる。

「……え?」

 また、人間だった。今度は若い男性。

 しかし、先ほどと決定的に異なっていたのは、手に抜き身の小剣を構えていることだった。軽装の鎧も身につけている。そして、隠す気すらない、血に猛った顔。

「……え?」

「……何?」

 お互いに、一瞬、呆然と見つめ合う。

「―――っ!」

 先に動いたのは男の方だった。

 小剣を上段に構えて斬りかかってくる。

「きゃっ!」

 レティシアが悲鳴を上げて後ろに下がる。

「くっ!」

 高い金属音。

 ラケシスが槍で男の剣を受け止めた。

 そのまま横に力を流す。

 男は無理をせず後ろに下がった。

 ラケシスはその場で槍を構えなおす。

 数歩の距離でにらみ合う。

「何者!?」

「お前ら、ウォーキナーマか」

 ラケシスの問いを無視して、男が問い返す。

「いいえ」ラケシスは男を睨み付けながら言った。「いきなり斬りかかってくるとはどういうことですか」

「ちっ」

 男は舌打ちをした。油断無く、ラケシスのことを見ている。

「ウォーキナーマの隊長に伝えろ」

「私たちはウォーキナーマではありません。あなたはポーチャですね?」

 レティシアが男を見据えながら、そう押さえた声で言った。

「村人の命が惜しかったら、ユニコーンを捕まえてこい、ってな」

 無視して男はそう言った。そのまま、後ずさりをしていく。

「どういうこと?」

 男は唇を吊り上げてにやりと笑った。

「気づいていないのか。巡りの悪い奴らだな」

 血走った目で男は高らかに言い放った。

「ダルムシュタットの村は俺たちが占拠した。村人を皆殺しにされたくなかったら、ユニコーンを連れてこい!」

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