3. 密猟者たちの胎動 -Poacher in Village-(2)

「見つからないね」

 ラケシスが溜息混じりにそう言った。

 村を出た後、目的地である湖の北側までは、昨日と同じ道だったのですぐに来られた。それからまた周囲を探索しているが、まったく手応えがない。馬のような足あとも無ければ、白い毛や羽も見つからない。空を飛ぶ姿を見ることもなかった。

「この辺にいるって話だったんだけどなぁ」

「うん……」

 フィルは小さく頷いた。

「どこかに移動しちゃったのかな」

「普通はそうそう縄張りから離れないと思うんだけど」

 フィルは首を傾げた。

「ポーチャが来ていることに気がついたのかも」

 レティシアが指を顎に当ててそう言った。

「可能性はあるよね。ユニコーンとかペガサスっていかにも狙われそうだし」

 ラケシスが頷く。

 森に入って既に二回、村のウォーキナーマと会っている。パピスから話が通っているらしく、みんな友好的だった。ポーチャの存在を知らせたことに対するお礼を必ず言われる。ペガサスを見かけたら教える、とも約束してくれた。

「そうなると、どこかに隠れているとかかなぁ?」

「あり得るかも」

 歩きながらフィルは地図に目を落とした。森の全体図で細かいところまで書き込まれているわけではない。ペガサスが隠れられそうな場所の見当はつけられなかった。

「リルムがいれば、空から探してもらえたのに」

「リルム?」

 レティシアのぼやきに、ラケシスが首を傾げた。

「僕の眷属」

「ああ、そう言えば。フィル君もトーカブルって言ってたよね」

 ラケシスがうんうんと頷く。

「私、ティア以外だと、はじめてかもしれない。トーカブルの友達」

「そうなの?」

 レティシアは一度首を傾げたが、すぐに首の位置を戻した。

「でも、私も同年代だと二人だけかも。お祖父様はそうだけど……」

「フィル君は?」

 話を振られて、フィルは慌てて首を振った。

「僕も二人だけ。同年代じゃなくてもね。村には僕以外誰もいなかったから」

「そうだよねえ」

 ラケシスが頷く。

「学舎にも私たちしかいなかったよね?」

「ええ。学院の方なら導師や研究生含めて、何人かいらっしゃるみたいだけど」

 レティシアが言う。学院に関するデータがいつでもすらすら出てくることに、フィルは慣れつつあった。彼女はルサン一の学院マニアであろう。

「それで、そのリルムちゃんはどうしてついてきていないの?」

「怪我してるんだ。翼を骨折しちゃって」

「あ! あの戦いで?」

「うん。もうだいぶ治ってるんだけどね」

 フィルが頷くと、ラケシスがずいと近寄ってきた。

「そっか。フィル君も一緒に戦ったんだよね。凄いね!」

「いや、そんなことはないけど……」

 フィルはぽりぽりと頭を掻いた。ラケシスはキラキラした瞳で見上げてくるが、フィル自身は大したことをしていない。ほとんど、アリステアの力のようなものだ。仮に妖魔将がいなかったとしても、フィルとレティシアの二人では勝負にならなかっただろう。

「こほん」

 レティシアが咳払いをした。

「ともかく、いないリルムのことを言っても仕方がありません」

「そうだね」

 フィルは一歩ラケシスから離れた。

「足で探すしかないかな」

「そうしましょう」

 フィルとレティシアは頷きあった。

 きょろきょろしながら三人で獣道を進む。かなり大型の獣が通っているのか、人が通っても不便がない。地面も短い下草が生えているだけだ。それでも街道を進むのとはわけがちがう。段々、口数も少なくなっていった。

「あ、あれ!」

 昼が近くなってきた頃、ラケシスが不意に声を上げた。右手で斜め前方を指す。

「洞窟?」

 小さな崖のような場所に、黒い入り口がぽっかりと穴を開けていた。

「行ってみる?」

 レティシアが小声で訊く。大きく頷いたのはラケシスだった。

「もちろん」

 それから先頭に立ってさっさと歩いて行く。魔術師二人は慌てて後を追った。

「これ……」

 しかし、ラケシスは洞窟の入り口で立ち止まった。土の上にしゃがみ込む。

「フィル君、何だと思う?」

「ううん……」

 フィルもその隣に屈んだ。柔らかい土の上に足あとが大量に残っている。どう見ても人間のものではない。先端が分かれていないので、蹄が一つの動物だ。サイズもかなり大きい。

「馬みたいに見えるけど……」

「だよね!」

 言いかけたフィルに被せるようにラケシスは弾んだ声をあげた。両手を開いて、空に掲げている。

「可能性が高まってきたよ」

 にこにこと言ったラケシスに、フィルは笑顔で頷いた。

 二人は立ち上がって洞窟の中を覗き込んだ。

「暗いなあ。どのくらい深いんだろう」

「ちょっと判らないわね」

「松明とか持ってる?」

「ないけど……」

 フィルは視線をレティシアに向けて、一度小さく頷いた。レティシアも頷き返す。

「万物の根源たる光よ……」

 フィルは杖を構えて詠唱を開始した。初級の魔法なのですぐに唱え終わる。杖の先端に、煌々と白い光が灯った。

「わ!」

 ラケシスが鋭い声をあげた。口を開けたまま、光を見ている。フィルからは薄桃色の口の中がはっきりと見えた。白い歯が眩しい。

「凄いね、これ」

 そう言って彼女は恐る恐る手を伸ばし、杖の先を指でつついた。洞窟の壁に巨大な影が蠢く。なんだか不気味な感じがした。

「熱くはないんだね、これ。ティアも出来るの?」

「もちろん」

 レティシアは澄ました顔で言った。

「初級の魔法だから。学院に所属している魔術師なら誰でも唱えられるわよ」

「へえ……。便利だね」

「でも、時間が経つと消えちゃうけど」

「そうなんだ」ラケシスは笑顔のまま頷いた。「じゃあ、早く入ろう」

 洞窟は自然のもののようだった。人間が掘ったわけではないし、村の聖地のような特別な造りでもない。横幅は三人で並んで歩いてもまだ余裕がある。高さは身長の二倍ほどだろうか。時折蝙蝠の甲高い鳴き声が聞こえてくるが、襲ってくることはないようだ。

「少し、下がってるね」

 中に入ってしばらくして、ラケシスがぽつりと言った。地面が傾斜していて、少しずつ地下に潜っていっている。もう、地表より下になっているのは間違いなさそうだった。

「何か聞こえない?」

「これは……」

 フィルは前方に杖を高く差し出した。光が洞窟の先を照らす。壁に不自然に明るい場所が出来る。

「地底湖……」

 青い水面が、魔法の光を乱反射していた。光と影が洞窟の壁に複雑な縞模様を描く。水は透明度が高く、深くまで見通せた。しかし、底までは光が届いていなかった。どれくらいの深さなのか見当もつかない。

「綺麗……」

 ラケシスが感極まったように言う。フィルも同じ意見だった。どこか神秘的な雰囲気がする。あの聖地に劣らないほどだった。

「ここは、あの湖に繋がっているのかしら?」

「かもしれないわね」

 レティシアが頷く。たしかに、同じような透き通った水だった。ただ、こちらの方がより青色が強いように見える。

「ね、あれ!」

 ラケシスが洞窟の一方を指さす。フィルはそちらを振り向いた。

 白い羽や毛が散らばっていた。近くには草などが敷き詰めてある。拾い上げてみると、とても軽く、柔らかかった。水鳥のものではないように見えた。

「これって、ペガサスの棲み家だってことだよね?」

「うん。多分、そう」

 フィルは頷いた。それから辺りを見渡す。

 これ以上、洞窟の先に進む道は無いようだった。来た道以外はすべて、地底湖にふさがれている。行き止まりと言うよりは、水没していると言った方が実際に近いかも知れない。

「どうしようか? ここで待つ?」

 ラケシスとレティシアがフィルの方を見る。フィルはゆっくりと首を振った。

「いつ戻ってくるかわからないよ。人間じゃないから、寝床が一カ所とは限らないし。それに、匂いとかで洞窟に僕らが入ったことに気がつきそうな気がする。そしたら逃げちゃうかも」

「……そっか」

 ラケシスは一度肩を落としたが、すぐに顔を上げた。

「よし! じゃあ戻ろうか!」

「うん。でも、この近くにいる可能性が高いのは判ったから」

 フィルがそう言うと、ラケシスはにこりと笑った。

「そうだね。一歩前進」

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