3. 密猟者たちの胎動 -Poacher in Village-(1)

 翌朝、フィルは騒がしさに目を覚ました。簡単に身支度を整えて外に出ると、武装した男たちが神妙な顔で立っていた。宿に面した広場を半ば埋め尽くしている。村の男性をすべて集めたのではないか、と思えるほどの人数だった。

「諸君!」

 広場の中央に設えられた台の上に、壮年の男が一人立っていた。良く通る声で話し始める。

「我らが守る幻獣の森に、卑劣なポーチャどもが侵入したと報告があった。決して許すことの出来ない蛮行である!」

 おお、と男たちが一斉に野太い声を上げる。建物が揺れたかと思うほどだった。

「湖の北側で、村の物ではない矢が見つかっている! 恐らく、ユニコーンを狙っているのだろう」

 壮年の男性がそう告げる。男たちの目に怒りが満ちた。次々に、拳や武器を空に向かって突き上げている。

「悪辣な奴らを捕らえ、その罪の重さを思い知らせてやるのだ! 行くぞ! 幻獣たちを守るのだ!」

 一斉に鬨の声が上がる。それから彼らは三々五々、広場から森の方に歩いて行った。

「おはよう」

 呆気にとられてフィルが見ていると、突然背後から声をかけられた。慌てて振り向くと、ラケシスがくすくすと笑っていた。

「そんなに驚かなくても」

「あ、うん。ごめん……」

「別に謝ることじゃないけど」

 笑い続けながらラケシスはそう言った。

 ラケシスは髪を後ろで一本に纏めていた。頬が上気して、少し汗をかいている。運動でもしてきたのだろうか。なんだか、妙に色っぽかった。

「フィル君、今起きたの?」

「うん」フィルは首を傾げた。「どうして判ったの?」

「だって」彼女はころりと笑った。「すごく眠そう」

 ラケシスは森の方に視線を向けた。

「なんか、すごかったね」

「さっきの?」

「うん。騎士団より士気が高いかも。守りたい、って気持ちが、すごく伝わってきた。偉いなあ。私も見習わなくちゃ」

 森を遠く見つめながらラケシスはそう言った。その横顔から、フィルは目が離せなかった。金色の髪が朝日を反射して燦めいている。長い睫毛が影を落とす。少し愁いを帯びた、それでいて真摯な瞳だった。

「よし!」

 ラケシスは飛び跳ねるように振り返った。

「じゃ、ご飯食べて私たちも行こう!」

「うん」

 フィルたちは宿に戻り食事をした。レティシアが朝から部屋で勉強していたので、ラケシスが呆れていた。

 女将さんに弁当を作ってもらい、宿を出る。すると、パピスがゆっくりと近寄ってきた。

「ちょうど良いタイミングでした」

「どうかされました?」

 レティシアが代表して訊く。

「今日は、ウォーキナーマ全員が森に入っています。ポーチャを捕まえるためです。貴方たちが知らせてくれたおかげです」

「いえ」レティシアは小さく笑顔を作った。「そんな大したことをしたわけでは」

「いえいえ。とても助かりました」パピスは右手を小さく振った。「それでですね、もちろん、貴女たちは今日も森に行かれるのでしょう?」

「はい」

「気をつけて下さい」

 パピスは少し目を閉じた。

「もしかしたら、ウォーキナーマより先に貴女たちがポーチャと出くわすかもしれない」

「そうですね」

 レティシアはパピスが言い終わる前に頷いた。

「もしポーチャを見つけても無理に接触しようとしなくても構いません。穏便な話し合いで引き下がってくれるような相手でないことがほとんどです。どうしても、戦いになる」

「それは……。そうかも知れませんが」

「幻獣を守るために戦うのは、この村の使命です。貴女方の目的は他にある。ただ、ポーチャの居場所をウォーキナーマに教えていただけるとありがたいです」

「ええ」レティシアは笑顔で頷いた。「それくらいなら、もちろん」

「今日も湖の北を中心に移動されるのでしょう? でしたら、さらに北に行ったところに、小屋があります。ウォーキナーマが休憩を取ったりするのに使うものです。今日の様に大がかりなときは、小屋を司令部として使います。なので、もしポーチャたちを見かけたら、そこまでお知らせ頂けると……」

 フィルは貰っていた森の地図を開いた。たしかに、湖の北に三角の印がつけてあった。

「承知しました。もし見つけたら、そこに連絡します」

「お願いします。本当に、面倒をかけてばかりで申し訳ありませんが」

「いえ。こちらも、色々と情報をいただいておりますから。少しでもお返しできれば」

 ラケシスが神妙な顔で言った。

「どちらにせよ、気をつけて行ってらっしゃいませ。ポーチャのこともありますが、森の中では何が起こるか分かりませんから」

「はい。ご忠告痛み入ります」

 三人は揃って、小さく頭を下げた。

「それでは、行って参ります」

「ええ。ご武運を」

 心配そうに見送るパピスに背を向けて、三人は森に向かって歩き始めた。

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