1. 幻獣の聖地 -A Sacred Alter for Legendary Creatures- (4)

 パピスの後に続いて、フィルたちは森の小道を歩いていた。

 勧めに従い、宿に馬と荷物を預けた後、森の入り口で待っていたパピスと合流した。森の中に入っていく小道は踏み固められ、頻繁に人が通っているのが見て取れた。

「ここが、ダルムシュタットの民と幻獣たちの聖地です」

 村を出て数分、パピスは足を止めた。

 森の中の開けた場所だった。

 一瞬、何があるのか理解出来なかった。

 腰ほどの高さの、

 平たく巨大な岩だった。

 一枚だった。

 切れ目すらない。

 魔術学院の中庭がすっぽりと入ってしまうほど広い。

 傾いた夕日。

 木々の影が岩の上に長く伸びている。

「これは……」

 フィルはふらふらと岩に近づいた。白い岩の表面は鋭利な刃物で切り取られたかのように、綺麗な断面をしていた。顔が映りそうなほどだった。

「ここが私たちの聖地。幻獣と人間が交わりあう場所です」

 パピスが落ち着いた声でそう言った。皺だらけの手で岩の表面を撫でている。その横顔にレティシアが問いかける。

「これは、自然のものなのですか?」

「自然?」

 パピスは小さく笑った。

「人間が加工した物ではない、という意味でしたら、その通りです」

 意図的なイントネーションでパピスは言った。

「けれど、加工したものではあります。人ではなく、幻獣がこの場所を作り上げた」

「……」

 レティシアは何も答えなかった。ただ、呆然と石の舞台を見つめていた。

 ジルが突然、飛び上がった。前足を縁にかけ、そのまま石の台によじ上ろうとする。

「ジル?」

「構いませんよ」

 パピスはそう言って、台に片足をかけて登った。その先導をするように、ジルが台の中央に向かって早足で歩いて行く。

「あれは!?」

 フィルは、その先になにか塊があるのを見て取った。

「ええ」

 パピスが頷いて、ジルの後を追う。慌てて、フィルたちも石の台に昇った。ジルが塊の近くで立ち止まっている。

 足早に近寄る。

 一歩ごと、臭いが強まっていく。

「これは……」

 フィルは足を止めた。

 茶色い塊は、山猫だった。

 饐えた臭いがする。

 石の台の上で、丸まって倒れていた。

 一目で、もう死んでいると判った。

「なんてこと!」レティシアが押し殺した声で言った。「聖地だというのに……」

「いいえ」

 パピスは死骸の前にしゃがみ込んだ。そのまま山猫だったものをゆっくりと抱き上げる。赤子を抱くような、優しい手つきだった。

「これが、聖地の役割なのです」

「聖地の役割?」

「ええ」

 パピスは山猫の頭を愛おしそうに撫でた。

「この子はリンクス。山猫の幻獣です。強力な、未来を見通す力を持っています。だいぶ年老いていますね」

「……え?」

 ラケシスが目を瞬かせた。

「この森に棲む幻獣は非常に多い。当然、病気や怪我で亡くなる者もでてきます。そして、この森で亡くなった幻獣の死骸は、必ずこの聖地に集められる。死期を悟り自ら赴く者もいれば、亡くなった後、他の幻獣によって運ばれることもありますが……」

 パピスは山猫の顔を覗き込んだ。

「この子は恐らく前者でしょうね。どちらにせよ、村に住む人間が、その死骸を回収します」

 パピスは目を閉じた。

「そして、村の外に売るのです」

「……え!?」

「リンクスは体内に極めて強力な魔力を帯びた琥珀を持っているのです。未来を見通す力の源泉だと言われています」

 パピスはちらりとレティシアの右手を見た。

「それは加工され、魔力の発動体となったり、マジックアイテムとして利用されたりします。ええ、貴女方の所属する魔術学院や、ルサンの好事家が買い求めるのです。法外と言っても良い値段ですが、それだけの価値があるのでしょう。そうして、ダルムシュタットの民は生計を立てているのです」

 パピスはラケシスの方を向いて言った。

「ダルムシュタットの村のウォーキナーマたちが、なぜ幻獣を守っているのか。その理由はこの聖地にあります。時には命がけになる任務を、ただ正義の心だけでもって、務めあげているわけではない」

「え、ええ……」

 ラケシスは困惑したように頷いた。

「ルサンの騎士がなぜ、国民を守っているのかは知りませんが、ウォーキナーマたちはそれだけの理由があって命を賭けているのですよ」

 パピスは噛んで含めるように、ゆっくりとそう言った。

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