1. 幻獣の聖地 -A Sacred Alter for Legendary Creatures- (3)

「そう、デンババの……」

 パピス・シセと名乗った村長は、そう言って深く頷いた。

 フィルたちは村に着くと、すぐに村長の家に案内された。出迎えたのは青馬の部族の女性だった。彼女にデンババから預かった手紙を渡すとしばらく目を閉じて何事か考えていた。

「導師が村長にくれぐれもよろしくと仰有っておりました」

「はい」

 パピスはにっこりと微笑んだ。目尻に深い皺が刻まれる。髪は真っ白だった。

「それで? ただ、手紙を届けに来てくれただけではないようですが」

「はい」

 ラケシスが膝を揃えて、身を乗り出した。

「私はラケシス・ハインケスと申します。末席ながら、ルサンの天馬騎士団に所属しております」

「あら」

 ラケシスの言葉に、パピスは少し姿勢を正した。

「騎士様が、どうしてこんな辺鄙なところまで?」

「はい。現在、団長より新たな天馬を手に入れるよう指示を受けております。そこで、幻獣にお詳しいデンババ導師に相談したところ、この村を紹介されました。天馬がここに住んでいる、と」

 ラケシスはハキハキした口調でそう説明したので、フィルは少し驚いた。

「なるほど。事情は理解しました」

 パピスは小さく頷いた。

「天馬をお譲り頂けますでしょうか?」

 ラケシスが爛々とした目で訊くと、パピスはくすりと笑った。

「まったく、デンババの悪い癖が出たようですね」

「悪い癖?」

「彼はこの村の出身なのです。ちょうど貴方たちくらいの年齢の頃に、学院に合格してルサンに行ってしまいましたが。今でもときどき戻って来ますよ」

 パピスはそう言って笑った。しかし、その視線は少し遠くを見ているようだった。

「しかし、国をお守り下さっている騎士様のお願いといえども、ペガサスをお譲りすることは出来ません。この村、ダルムシュタットに天馬はいないからです」

「い、いない?」

 ラケシスは目を剥いた。

「ええ。まずはこの村と、幻獣の森のことから説明しないといけないようですね」

 パピスは立ち上がった。

「長旅でお疲れでしょう? まずはお茶をご用意します」

 そう言い残して、パピスは隣の部屋へと去って行った。

 取り残されたフィルたちは顔を見合わせた。

「どう思う?」

 ラケシスが眉を下げた顔で訊いた。

「まあ、話を聞かないことには」レティシアは表情を変えずに答えた。「捕って食われるわけではないだろうし」

「そうだけどさ」

 ラケシスは頬を膨らませた。少し、焦りの色が見える。

「ペガサスがいないって、どういうことかな?」

「デンババ導師はここならいるって言ってたよね」

 フィルがそう言うとラケシスは眉をひそめた。

「あの導師、信用できるの?」

 フィルは首を傾げたが、レティシアは力強く頷いた。

「幻獣や魔獣の研究に関しては、ルサンどころか大陸一とまで呼ばれている方よ」

「うーん」

 ラケシスは腕を組んだ。しかし、何も口にはしなかった。

 しばらくして、パピスがポットとカップをお盆に載せて戻ってきた。テーブルの上に陶製の食器を並べ、慣れた手つきで茶を注ぐ。穏やかな香りが室内を漂った。フィルたちは礼を言って、それぞれ口を付けた。温かで、落ち着く香りだった。

「この村の西側の森には、古来より多く幻獣が住んでおります」

 パピスは座ったまま上体を捻って、後ろの壁を示した。かけられているのはこの辺りの地図のようだった。ダルムシュタットと書かれた村と、その西側の森が描かれている。

「貴女方がお探しになっているペガサスはもちろん、リンクスやユニコーン、そしてドラゴン……、種類も様々です。そのため、この一帯は幻獣の森と呼ばれています」

 パピスはそこで言葉を切った。

「そのため、幻獣を狩ろうとする、ポーチャと呼ばれる人間も多くこの辺りにやってきます。私たち、ダルムシュタットの村人は、ポーチャたちから幻獣を守っているのです」

「幻獣を、守る?」

 レティシアが首を傾げた。

「ええ」パピスは深く頷いた。「貴方たちと村の外で会った人たちのことです。私たちはウォーキナーマと呼んでいます。数人のグループを作り、森の中を巡回しています」

「でも」フィルは首を傾げた。「幻獣を襲う人なんて、そんなにいるんですか? 森の獣とはわけが違うでしょう?」

「ええ、幻獣は強力な生き物です。種族にも依りますが、一対一で戦って、勝てる人間はほとんどいないでしょう。しかし、人間は徒党を組みますから。もちろん、ドラゴンともなればその限りではありませんが」

「なるほど」

「幻獣の中には非常に高価に取引されているものがあります。生きていればもちろん、死んでいても、です。例えば、極めて強力な癒しの力を持つユニコーンの角は、一本あれば、死ぬまで遊んで暮らせるほどの額になります。また、ペガサスの翼も高い値がつきます。貴族や豪商が外套や寝具に使うそうです」

「そうなんですか」

 ラケシスが目を見開いた。

「はい。なのでポーチャたちは次々とやってきます。一応、幻獣の森のことは秘密になっているのですけれど、人の口に戸は立てられないようです」

 パピスはそこで小さく頭を下げた。

「先ほどは、村人が失礼をいたしました。顔見知り以外があの道に入ってきたときには、ああして止めているのです。申し訳ないのですが、このような事情があるので」

「いえ」レティシアが首を横に振った。「特に失礼は受けておりませんし、事情は承知しました」

 パピスは少し表情を引き締めた。

「それでですね、貴女がその槍でもって、ペガサスを無理矢理にでもルサンに連れて帰ると仰るのなら、私は貴女を止めなくてはなりません。たとえ貴女がルサンの騎士であったとしても、あるいは」

 パピスはちらりとレティシアの方に視線を走らせた。

「どこかの民の族長であったとしても、です」

「そのようなことはいたしません」

 ラケシスは軽く微笑んで言った。

「正直に言って、ペガサスのことはまだよく解っておりません。ただ、彼らの意に沿わない形で、縄をつけて連れて行くことはないとお約束します」

「それを聞いて安心しました」

「そもそもそんなことをしても無意味ですからね」

 ラケシスは明るい口調で言った。

「上空で振り落とされかねないですから」

「そうですね」

 パピスも表情を緩めた。そして椅子から立ち上がった。地図を指し示しながら説明する。

「ペガサスも幻獣の森の奥に住んでいます。森の中に湖があるのですが、その北側ですね。彼らはユニコーンを中心とした群れを組んでいます。特に隠れたりはしていないので、その気になればさほど苦労せずに会えると思います」

「本当ですか!?」

 ラケシスが目を輝かせた。

「ええ」パピスはにっこりと頷いた。「でも今日はもう遅いので、明日から探すのが良いでしょう。夜の森は危険ですから。村には小さいですが宿もあります。長旅でお疲れでしょうから、今日はゆっくりお休みください」

 パピスは立ち上がった。

「けれど、その前に私たちの聖地をご案内したいと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る