1. 幻獣の聖地 -A Sacred Alter for Legendary Creatures- (2)

 ルサンの街から北に向かい、三日目のことだった。

「えっと、この道だと思うんだけど」

 馬の手綱を引いて止め、ラケシスは横を見た。

「そうね」

 同じく馬を止めて、たてがみを撫でながらレティシアは頷いた。

「隠れ里だと言っていたし、そうだと思う」

 街道から、森の方に向かって細い道が延びている。小さい馬車が一台、通れるかどうかというくらいだ。しかし、行き先を示すような案内は何もなかった。森に入った道はすぐに大きくカーブしていて、先は見えない。

「そうだね」

 ラケシスは大きく頷いた。金色の髪が揺れて、フィルの首筋をくすぐった。フィルは落ちないように気をつけながら、少し上体を前に倒した。

「フィル君、お尻は大丈夫?」

「うん、なんとか」

 フィルはそう言って、上半身だけ振り返った。ラケシスはにっこりと頷いた。

「そう。良かった」

 フィルはラケシスの馬に乗せて貰っていた。鞍の前の方に跨がっている。後ろに座ったラケシスが手綱を握り黒毛の愛馬を操っていた。軍馬だけあって馬体も大きいし、ラケシスも馬を操るのにかなり慣れているようだった。気を遣ってくれたのか、あまり揺れることもなく、道中は快適だった。

 一方、レティシアはブリューゲル家で飼っている白馬に跨がっている。幼い頃から乗馬も嗜んでいたとのことだ。フィルにも一頭貸すと言ってくれたのだが、乗馬経験が無かったため断った。代わりに、二人乗り用の鞍を貸して貰い、ラケシスの馬に装着している。

「じゃあ、行こうか。もうちょっとだね」

「ええ」

 ラケシスとレティシアは頷きあって、また馬を走らせ始めた。フィルも鞍に捕まり、両脚でしっかりと馬体を挟み込む。ルサンを出発した直後に二度ほど落ちそうになって、ラケシスにこっぴどく怒られたため、かなり警戒していた。

 街道から逸れて、森の小道に入る。地面がでこぼこしていて、馬も歩きにくそうだった。ただ、陽は遮られて涼やかな風が通り抜けている。

「ねえ、フィル君」

「はい?」

 耳元で囁くように訊いたラケシスに、前を向いたままフィルは返事をした。

「どうしてついてきてくれたの?」

「うーん」フィルは首を傾げた。「面白そうだったから?」

「どうして君が聞き返すの」

 ラケシスは小さく噴き出した。レティシアがちらりと視線を寄越したが何も言わなかった。

 デンババの研究室に行った後、フィルとレティシアはアリステアのところに行って、事情を話ししばらくルサンから離れたいと願い出た。天才導師は特に興味を示さずに首を縦に振り、ラケシスに同行することになった。フィルとしては、取り立ててついて行きたいという思いがあったわけではないのだが、いつの間にか一緒に行くことになっていた。

「幻獣を見たことないから。ただの興味本位です」

「そっか」ラケシスが頷く気配がした。「ありがと」

 木漏れ日の中を並んで馬を走らせる。

「ジル?」

 馬の前を歩いていたジルが突然立ち止まった。耳をぴんと立てて、周囲を見渡している。それを見て、馬も不安げに立ち止まった。

「どうしたの?」

 レティシアが問いかける。ラケシスは首を横に振った。

 その瞬間、ひゅっと風を切る音がした。

 ジルが身を伏せる。

 その数歩前に、矢が突き立った。

 白い矢羽根が僅かに揺れる。

「きゃ!」

 ラケシスが小さく声を上げる。馬が驚いて首を振り始める。

「誰!?」

 レティシアが鋭い声を上げる。

 草をかき分ける音がする。出てきたのは、武装した男たちだった。三人いるが、全員青馬の部族のようだ。一人が弓に矢を番えていて、他の二人は短めの剣を構えていた。

 猟師では無いな、とフィルは判断した。装いが大仰すぎる。猟師だったら鎧を身につけたりしない。明らかに、誰かと交戦することを念頭に置いた恰好だった。しかし、本職の傭兵や何かにも見えない。

「何者だ!?」

「それはこっちの台詞よ!」

 誰何の声を上げる男たちに、ラケシスが言い返した。

「いきなり射かけてくるなんて、どういうつもり!?」

「ラケシス」レティシアが平たい声で言った。「落ち着いて」

「でも!」

 何か言おうとしたラケシスを無視して、レティシアは男たちの方に向き直った。背筋を伸ばし、鋭い目で相手を見据える。

「私たちはルサンの街から来ました。騎士と魔術師です」

 馬上から、良く通る声でレティシアは言った。男たちが武器を構える手が、少し緩むのが見て取れた。

「騎士と魔術師?」

「はい。魔術学院のデンババ導師から手紙も預かっています」

「デンババ殿から!」

 デンババの名を出した瞬間、目に見えた男たちの様子が変わった。構えていた武器を戻し、頭を下げる。

「失礼した。デンババ殿のお知り合いとは思わず」

「構いません」

 レティシアは笑顔を作って頷いた。女王のようだった。男たちはほっとしたような表情を見せた。

「お詫びと言ってはなんですが、村までご案内します」

 男たちが踵を返す。

「行きましょう」

 レティシアがラケシスにそう呼びかける。赤狐の騎士は、少し不満そうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る