【解決編1】浮気をしている

 怪しい。俺は直感的にそう思った。なぜなら…彼女の笑顔が、とても可愛かったからだ。俺が大好きな、ちょっと怒ってるときの顔よりも…ずっと。

 俺に笑いかけるとき、彼女はいつも口を結んだまま、両端をキュッと上にあげる。でも、今は違う。目尻が下がり、口元がだらしなく緩んで幸せそうだ。これが彼女のほんとの笑顔なんだ…。

 見ていられなくなって視線をそらすと、そこにはさっきの誕生日占いの本があった。なんとなくページをめくってみるが、当然内容は頭に入ってこない。というか読んですらいない。はあ。これ誕生日だって気づかせようと思って買ったわけじゃなかったのかな。それとも、早めに気づいてそれなりのプレゼントを買うように仕向けたのか…?いや、そんな愛情のないやつじゃないよな。じゃああの笑顔はなんだ?もしかして、つきあいはじめの頃は、俺もあんな自然な笑みを向けられていたのか?彼女が心から笑えないのは、俺のせいなのか…?あの…もういい、いまはとりあえず考えるのをやめよう。

 無心でページをめくっていると、突然色が目に飛び込んできた。ああ、さっき見つけたパブリックビューイングのチラシか。そういえば、なんでこんなところに挟んでるんだろ?

 挟んであったページの日付を見ると、左ページに8月20日、右ページに8月21日と書いてあった。

 それを見た俺は、すべてを察した。

 昔は俺もあの笑顔を見ていたのか。あの笑顔を奪ったのは俺なのか。

 いいや、違う。

 最初から俺のことなんて好きじゃなかったんだ。

   *

「ねえ。いまお前がラインしてる先輩って男?」

「は?いきなりなに?女の先輩だよ。」

「じゃあ名前は?」

「ほんとになに?…玲央。佐々木玲央先輩。」

「…なるほどな、獅子座だから『レオ』かよ。」

「は?」

「その人の誕生日は?」

「なに言ってるの?そんなのきいてなんに…あっ」

 彼女は俺の言いたいことに気がつき、顔をひきつらせた。

「いいから答えろ。」

「8月…20日…。でも違うの。いまそのページまで読み終わったから栞として挟んでただけで。」

「おまえ、12月29日まで読んでたじゃん。」

「あ、ごめん間違えた…大学で一緒にこの本見てたかおりちゃんの」

「お前さっき、帰りに買ったって言ってただろ…。…俺の誕生日は?」

「…2月20日…あれもしかして、21…。」

「21だ。たまたま聞き逃したけど、さっき『あった、2月はつ。はい。読んで。』って言ってただろ。」

「誕生日とかそういうの、すぐどっちだっけとかなっちゃって…」

「それはお前がこの占いの本を買うときに、俺のことを一ミリたりとも思い出さなかった証拠だ。もし俺と一緒にこの本を読むことを楽しみにしていたら、俺の誕生日が20日だったか21日だったかくらい、SNSとか見て確認するだろ。」

「それは…」

「お前、俺のこと最初から好きじゃなかったんだな。」

 冷静になった今、俺は確信をもって言える。

 俺は、あんな素敵な笑顔は、はじめて見た。

「…出ていけ。」

「そんな急に…どこに行けっていうの?」

「自分の家に帰れよ。そういえば、お前つきあった翌日からこの家上がりこんできたよな。確か親と喧嘩したから家にいたくないとか言って。お前は俺のことなんてはじめからどうでもよくて、親と顔を合わせなくて済むところに住み着きたかっただけなんだろ。さあ、出ていけ。」

 彼女は黙ってスーツケースに服を詰めた。この状況でも服を持ち帰ろうとするしたたかさに腹が立ったが、俺はなにも言わなかった。

 数分後。彼女は出て行った。バタン、という無機質な音が部屋に響く。俺は全ての憂さを晴らすように勢いよく立ち上がり、鍵を閉めに玄関へ向かった。

 

去っていく彼女 Fin.

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