第39話

〈風見奏太〉

 久々の学はどこか気まずそうな表情で、動きもぎこちない。何かを言いたそうにしているが、中々はっきりとしないでただ時間だけが過ぎていく。

「どうかしたのか?」

 じれったくなって、俺は学に訊いた。別に、ここで訊かないという選択肢もあった。けれど、何だかとても学が真剣そうだったので、俺は訊かざるをえなかった。

「……実はな」

 俺から『話してみろよ』という心の声を受け取ったのか、学は意を決したようにゆっくりと口を開く。


「テスト、十二位だったんだ」


 学はこちらの目を見ようとしない。申し訳なさそうに頬を掻いている。

 対して、俺はどんな表情だっただろう。学はこちらを見ていないため、必然的に今の俺の表情はどんなだったか、それは誰にも分からない。

「……だから、今日で部活はもう……」

「言うな」

「最後になるん」

「うるせぇ!!」

 気がつけば俺は叫んでいた。俺の中の衝動が、その台詞を強引に断ち切る。

 俺は学の態度が気にくわなかった。はなから諦めているかのような口調、表情。それらがまるで今までの部活動を否定しているかのようで、つい声を荒げてしまったのだ。

 だってそうだろう? 

 言外に、『別に文芸部を辞めても辞めなくてもどうでもいいし』と告げられたようなものなのだから。

 対して、学は予想外の展開にぽかんとしている。何故俺が激昂しているのかが理解できないといった風で、どうやら完全に思考が停止した状態のようである。

「おい!」

「?」

「俺は今、お前に対してめちゃくちゃ頭にきている!!」

「知るかよ……」

「決闘だ!」

「は?」

「だから決闘だ! 屋上に行くぞ!!」

「いや、奏太ちょっと待」

「問答無用!!」

 俺は学の手を取り、半ば引き摺るような形で強引に部室から連れ出す。

 学が何を思っているかなんて、俺は知らない。ひょっとしたら学だって本当は部活を辞めたくなくて、それでも親御さんには逆らえなくて、仕方なく諦めようと心に整理をつけている最中なのかもしれない。

 だが学はきっと、それを俺に教えようとはしないだろう。

 学が俺から微妙に距離を取っていることは知っている。まだ学は俺に対して、完全には心を開いてくれていないのだ。

「おい奏太、決闘って」

「いいだろう」

「……何が?」

「お前が最低なのはもう知ってる。お前が『人間』を怖がっているのも。だから俺は敢えて何も言わない。何も言わずに、拳で語ってやる。……そうやって殴り合って、俺の本音を受け止めろ。俺の心の内を知りやがれ。俺がお前をどんな思いで文芸部に引き入れたのかを教えてやる!!」

 きっと俺は、どこかで学の態度にストレスを抱えていたのだろう。それが今、こういう形で爆発した、それだけのこと。

 いつかはやって来るはずだった出来事。

 ならば丁度良い。いい機会だ。

 届け。届いて、刺さって、溶けて、染み渡って…そして響け。

 その心に、俺への信頼を作ってやる。

 暴力的かもしれない。正当性なき方法かもしれない。届かないかもしれない。届いてもやっぱり、学は俺から距離を取り続けるかもしれない。

 でも可能性はゼロじゃない。

 だって、瑠衣には届いただろう?

 それは自信となり俺を支える。それは力となり俺を強くする。

 俺はただ、学や瑠衣や神保さん、みんなと部活をしたいだけなんだ。

「……もういいよ、奏太」

 震えに震えた学の涙声が聞こえた。足を止めて振り返れば、学は何だか笑顔とも泣き顔ともつかぬ表情で、


「……俺はもう……大丈夫だから……ッ」


 部活動のかけ声が騒がしく響き合う中、その声はとても良く通った。

 暖かな夕日の光が、学の涙をきらめかせる。

 いつの間にか、握られた拳は緩んでいた。

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