第37話
〈東学〉
さて、続々と帰ってくるテストの答案。その点数はまぁ大方予想通りとなった。各教科、今までに取った最低点よりかは少しばかりマシな得点。そして、問題はどの教科も全てがそのような、俺からしてみれば低い点数だったということだ。必然的に総合得点は最低を記録し、そして肝心の順位は……十二位。
「……う~ん。まぁ仕方ないさ、病気だったわけだし。親御さんもこの順位ならまぁ納得してくれるんじゃないか?」
と、先生からのありがたいお言葉。やはり故意に俺が点数を調整していたなんて、考えてもいないのだろう。
その日の授業は終わっていたので教室を出ると、そこには神保さんが一人、俺を待ってくれていた。
「結果は?」
「十二位でした」
「そう」
神保さんはそれだけ言うと、
「問題用紙、解答用紙、それと、あるのならば模範解答用紙を渡しなさい。全教科ね」
右手を俺の前に突き出した。その姿は何だかダンスに誘われているようで、神保さんの白く細い指がとても魅惑的に広げられている。
「……何に使うんですか?」
「瑠衣との笑い話のタネ」
「嫌ですよっ!!」
とは言ったものの、やはり俺は神保さんに逆らえない。いつの間にかズシリと、俺は神保さんにテスト関連の紙束を渡していた。……まぁ、さすがに神保さんもこれを嘲笑の目的で受け取ったわけではないだろう。神保さんなりの思惑があると信じたい。
「で、あなたはこれからどうするの?」
大量の紙の扱いに苦しみながらも、神保さんは俺に予定を訊く。
「部活に顔でも出す?」
もう部活には出たくないと言うのであれば、風見君には後からさりげなく退部したことを伝えるけれど……どちらが良い? と神保さん。
「……はい。一応、お別れの挨拶のようなものを……」
「義理堅いのね、あなた」
「規則を破ったりとか、そういうことに対して臆病なだけですよ」
「よろしい、良く理解しているじゃない」
笑む神保さん。一個として認められたようで、ついはにかんでしまう。
「じゃあ、私と瑠衣は外しておくわ。二人きりの方が話しやすいでしょうしね」
神保さんは携帯を取り出すと、舞歌さんと思われる人と二、三言話し、
「行ってらっしゃい」
と言い残して、部室とは反対方向へと去っていった。舞歌さんと二人、どこかで時間を潰すつもりなのだろう。……まさか、そのための暇つぶしとして俺の答案を……?
俺は強引にその考えを頭の中から振り払い、神保さんとは反対の方向、つまりは部室へと向かう。
奏太にどう順位のことなどを伝えるか、イメージしただけで俺の心臓はばくばくと跳ね回る。楽しみにしていたはずの運動会がしかし、本番になってガッチガチに緊張してしまったために結果的に全くそれを楽しむことが出来なかった、といった感じの心象。
奏太は何と言うだろう。
笑うだろうか、怒るだろうか、それとも悲しむだろうか。
嫌だ、言いたくない。
奏太の返事も、返答も、その言葉を伴って作る表情も、出来ることなら知りたくない。
でも、越えなきゃ駄目なんだ。
俺は普通の『人間』でありたい。
たまには人を、信じたい。
部室のドアの前で、俺は静かに大きく深呼吸する。気持ちを落ち着け平常心を心がけ、いつもと変わらぬ態度というものを意識して、臨む。
ガラガラと安いうえにしかも古く、通気性抜群のドアを開けて、数週間振りの部室へと足を入れる。いつものように夕日が眩しく辺りを照らし、木で造られた床がギシギシと音を立てる。
「よっ」
「……よぉ」
久しぶりに見た奏太は、両頬が妙に腫れ上がっていた。青年から受けた傷はスタンガンのものと大腿の刺し傷だったはずだが……?
「……何かあったのか?」
「あぁ~実はな……」
と、俺は奏太からどのようにして傷を負ったのかの説明を受けた。前半のストーカー云々の話については大方ボイスレコーダーから俺が立てた推測とほぼ同じものであったが、また後半については色々と奏太もやらかしたらしい。普通に病院を抜け出して舞歌さんに会いに行った挙げ句、殴り飛ばしたとかもうこいつはただの馬鹿である。
「でさ~、瑠衣が『返事の訂正』って言ってさぁ~?」
そしてついには惚気が始まった。いつの間にか呼び方が『舞歌さん』から『瑠衣』に変わっている。
「『これからは、瑠衣って呼んで』だってよぉ~! もうこれ春が来たどころじゃねぇよ! 気分は夏真っ盛り!!」
「ハイハイ、ヨカッタデスネー」
……。
しばらくは、テストのことなど切り出せそうになかった。
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