第36話

〈風見奏太〉

 なんと、学はインフルエンザにかかっていたらしい。この流行に乗り遅れた感じはまさに学らしいというか何というか、素直に大笑いの出来事だった。

 瑠衣曰く、『東君はまだテストを受けていないから、放課後無理に部活へ誘ったらダメだぞ?』とのことだったが、俺はここ何日かの間に、ものすごい量、小説のこれからの話の流れをまとめたものを書き上げてしまっていた。逆に今度は、俺が勝手に作業を突っ走って良いものかと悩むまでに。

「……はぁ」

 まぁ、もし邪魔でもして学が十位以内から落ちてしまえばそれこそ一大事だ。ここはそっとしておいて、俺は静かに待つのが賢明であろう。

 ……それにしても、気まずい。

 文芸部は俺と瑠衣がバイトをしているしばらくの間、休止していたらしい。だがこうして二人のバイトも終わり、テストのための部活休止期間の終了と共に文芸部は無事再開された。

 しかし、今はまだ学がテストを受けている身のため、全員が揃ったというわけではない。 そしてどういうことかというと、つまりは俺の話し相手がいないので居場所がなくなり、寂しいのである。

「ねぇ瑠衣、今度の作品は京都が舞台なのでしょう? やっぱり取材旅行というものは重要だと思うの。今週末辺り二人で行ってみない? 瑠衣は可愛いのだから、きっと和服も似合うわよ。大丈夫、お金ならあるわ」

「えっ、いいの!? 行ってみたかったんだぁ~! ああいう服にも興味あったし、二人でばっちりキメて色んなお寺とか回ろうね!!」

「えぇ勿論。日にちはどうする? さすがに今週末だと瑠衣の傷もまだ残っているだろうし、再来週の連休で一泊二日というのはどうかしら?」

「うん! ……それと、もし良かったら……奏太も誘いたいかな~……なんて……?」

「駄目。あれは敵よ? 瑠衣の着物姿なんか魅せたら獣に堕ちるだけ。どうせこうしている今も、乙女の会話に耳をそばだてているに違いないわ」

「えっ!? 奏太まさか……!」

などといった具合に、色々と妙な被害が出ることもしばしば。神保さんは俺が瑠衣を殴ったことが許せないらしく、何かと俺を悪く言うので困っている。

 ……学が入部するまでの数週間は、いつもこんな感じだっただろうか。もう思い出せないが、もうちょっと楽しかったような気もする。

 やはり、学と共に活動したここ最近の部活が忘れられないのだ。

 一度味わってしまった幸福を忘れられずに、今まで満足していた原状にさえ不満を持ってしまう。そんな風に、学といた何日か前の出来事がひどく懐かしく思えてくる。

 あぁ。学、早く帰ってこないかなぁ。

「……ほらね? 無視して寝たふりをすることで『聞いていないアピール』を図っているのよきっと。瑠衣、あんな男に引っかかっては駄目よ?」

 ……取りあえず神保、黙れ。

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