第34話
〈風見奏太〉
実は俺、その日のうちにも退院できる状態であったらしい。そうとも知らずに病院を抜け出して、見つからないかビクビクと怯えて夜遅くに帰ってきた俺とは一体……そりゃあ怒られるだろう。仕方がないので、その日は病院に泊まらせてもらった。
そして翌日の、テスト二日目。
みんなが喘ぎながらも奮闘する中、俺は家の自室で転がっていた。朝、追い立てられるように退院させられたのだが、かといってやることもなく。こうしてダラダラと無駄な時を過ごしているというわけだ。
ちなみに学校を休んでいるわけとは、病院を抜け出したことについて『貴ッ様は何やっとんじゃゴラァーッ!!』と、父に思いっ切り殴られたからである。別に『パパにも殴られたことないのに……!』とかいうわけではなく、ガチに殴られてさっきまで失神していたからだ。
昨日は瑠衣のお父さんに殴り飛ばされて、そして今日は自分の父親に殴られる。しかも二人ともムッキムキの剛腕ときたものだ。……もう泣きたくなるほどに痛かった。(……そして実際に泣いた)
これでもし俺が瑠衣を殴ったという事実を父が知ってしまったら果たして俺は明日を生きることが出来るのだろうか。その時のために、今からでも空手を再び始めるべきかと本気で考えてしまう。
そう。バイトも辞めてしまったので、時間がない忙しいなど悩む必要はなくなってしまったのだ。というのに、逆に今度は何をしたら良いものかさっぱり分からない。
何かないのだろうか。スポーツとか、自分の全てを懸けられるような、そんな……
……ん?
そうだ、小説だ!
すっかり忘れていたが、俺は学と共同で小説を書いていたのだ。だが、ここ十日ほどはなんやかんやで全く活動していない。つまりそれは、学を一人ずっと待たせているということである。
「……ひぃ~ぇーーー……」
無駄に裏声の、棒読み女子のような悲鳴が男子高校生の部屋から上がる。何、不審者ではない。その部屋の主だ。
俺は床から跳ね起き、急いで小説に使う紙の束を取り出す。全体的な話の流れを記したものや、登場人物紹介図、決め台詞や小ネタなどが書き殴られたいつの物か分からないメモ帳などが、そこには乱雑にまとめられている。
しまった。学が必要だと、俺がそう言って学を文芸部に誘ったというのに……。これではまるで、結婚した途端に仲が冷める若年夫婦そのものだ。
「……ッ!」
即、作業に取りかかる。こうしてはいられない。学が興奮するほど面白く、そして膨大で綿密な設定を書かなくては。学が書いていて楽しいと思えるような、そんなネタを、世界観を作らなくては。
目的を再び見つけ、俺の心は再燃する。口元はいつの間にか笑みの形を作っており、胸が溢れ出る熱を抑えきれずに、爆発的な運動力を生む。
「よっしゃあ!」
そうだ、これだ。これなのだ。創造する楽しさを思い出してみなぎるやる気。俺を包むこの思いは、いつだって希望を与えてくれた。
「キタキタキタキタキィタァー!!」
大丈夫、家に人はいない。今ここで叫んでも、誰にも咎められやしないはずだ。
「いやっほーーぅ!!」
……不意に、ドアの開く音がガチャリと聞こえたのは、気のせいか。
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