第29話

〈風見奏太〉

「ッ痛ーーー……」

「ほんとゴメンね。ウチのパパ、腕力チンパンジー並だから」

「……いや、それって凄いんすか?」

「む? チンパンジーって凄いんだぞ? リンゴぐらいなら軽く握りつぶせるんだ」

「嘘……」

 俺は今、瑠衣の家の前にいる。

 借金返済の手助け、それにストーカー退治(証拠入手済み)などの件について、色々とお礼をしたいとのことで招かれたのだが、お父さんは瑠衣の腫れ上がった顔を見て激昂。ズガァンと殴り飛ばされたのだった。

 まぁ仮に俺にも娘がいたとして、その娘が自分を殴った男を恩人だと言って家に招いてくるのなら、俺も迷わず殴り飛ばすが。…その前にお返しとして瑠衣に思いっ切り箒でガツンとやられたばかりだったので、少々納得のいかない部分もある。

「まぁ、パパにも色々あるんだよ。『人間』だし。ほら、その後もある程度機嫌良かったじゃん、パパ」

「……初対面の人の機嫌を読み取るなんて出来ませんって。大体お父さん、全然俺の方見ようとしなかったし」

「う~ん、そっかな?」

瑠衣は首を傾げて、不思議そうに唸る。そして何かを閃いたといった風に目を見開き、

「まいっか! 舞歌だけに!!」

……考えていたのは洒落だったようだ。しかもつまらない。

 だがしかし瑠衣はそんなことなど全く気にしていないようで、変わらぬテンションでお別れの言葉を告げる。

「じゃ、今日はありがとね。バイバイ!」

「……さようなら、瑠衣」

 今が最高に幸せだと語る瑠衣の笑顔を目に焼き付け、俺は方向転換をする。夜も深く、星空がネオンのように瞬いている。

「……フゥ」

 さぁ、ここからだ。

 俺が、瑠衣が『人間』に堕ちた先の道標とならなければ。

 その道がどんなに険しくても、俺は笑顔で瑠衣を導かなければならない。

 それが瑠衣を堕とした者としての義務だ。

「……!」

 俺は地を踏みしめる。

 大丈夫。あの笑顔があれば、俺はどこへだって行けるはずだ。


 ……病院どうやって戻ろっかな。

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