第24話

〈東学〉

 夢を見ることもなく、一瞬で目が覚める。寝起きにはいつも重かった頭も、今日は何故だか頭がスポンジにでもなったかのように軽い。

「……んあ」

 だが、起き上がった途端に鈍い痛みが体中に走った。危うく倒れそうになるが、壁に寄りかかる形で何とか持ちこたえる。それによって、俺は自分が今どのような状況にあるのかを再確認した。

「あああああ……」

やはり、昨日とっとと病院に転がり込んだ方が良かったと後悔が俺を襲う。そもそも俺は何故、変に『病院へ行く気など起きなかった』などと格好をつけたのだろう。睡眠によりリセットされた脳が、のんびりと昨日の俺の精神状態を思い出そうとする。

 そうだ。病院へ向かう中、俺は奏太たちを見かけて、奏太が何故舞歌さんと一緒に帰るようになったのかなど、その理由を知ってしまったのだった。

 きっと奏太は、必死になって舞歌さんを助けたのだろう。

 舞歌さんの笑顔が見られるだけでいい、そう言っていた奏太の顔を思い出す。

 諦めているように見せかけた、でもまだ舞歌さんを諦めきれていない、そんな悲しい顔。

 一体どんな気持ちで彼は動いていたのか。彼は舞歌さんのために、どんなに必死になって動いていたのか。

 あぁ、つくづく俺は最低だ。

 あんなにも美しく愛する人を愛し抜いている彼を、俺は疑ったのだから。

 ……あぁ。もはや俺は、奏太にとって害悪でしかないのではないか? そう、俺がいなくたって……。

「あ」

そこで、俺はある一つのことに気付いた。今までの考えを、全てどうでも良くしてしまう根本的な矛盾。簡単すぎて逆に気付かなかった、当たり前に行き着く結論。

「……そっか、そっかそっか」

 そうだ。舞歌さんがすればいい。


 奏太の設定を文章にする役割は、別に俺でなくても良いのだ。


 俺が舞歌さんに勝っている点がどこにある? 実力、信頼関係、利益……何もかも舞歌さんと組んだ方が、奏太は絶対に輝ける。そもそも何故そうしていなかったのかが気持ち悪いほどに不思議だ。

「ッ ッ ッ ッ……」

 それは笑い声か、はたまた泣き声か。全身に力が入らなくなり、体全体が怯える小動物のように振動する。手が壁を滑り、ずるりと床に倒れ込む。

 いよいよ感染症は俺から自由を奪っていく。やはりまだ肌寒い夜に何十分も外にいたのはマズかったのか、症状は悪化しているようにも見える。

「……死ぬのかな、俺」

知らぬ間に口が動いていた。

 俺が死んで涙を流す人は一体何人いるのだろうか。両親ですら泣いてはくれない気がするが、頭が痛い所為か何も悲しくはない。

「神保さんは……泣いてくれるかな?」

 おそらくは絶対にないだろうことを少し妄想して、それを最後に俺の意識は途絶えた。

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