第23話
〈風見奏太〉
そういえば、すっかり忘れていたが今日はテスト初日なのだった。
舞歌さんはもう帰ってしまった。時間的にまだ学校には間に合うだろうから、きちんとテストを受けるつもりなのだろう。バイトの所為で勉強する時間などはなかったはずだが、そこは舞歌さんの要領の良さを信じようと思う。
一方、学はどうだろう。
結局舞歌さんにコミュニケーション云々を聞くことは叶わなかったのだが、学も学で色々と精神面が弱い。まさかこのまま『勉強に手がつけられませんでしたー』なんてことになっていたらどうしようとこちらまで不安になってしまう。
それに、あの青年の言葉が気になる。
『彼の友人からも色々と情報を聞き出したが』
あれは、もしや学のことなのだろうか? だとしたらどうやって? 青年の人に付け込むスキルは一級品だ。もしかしたら対人関係に弱い学のこと、上手く騙されてしまったのかもしれない。
考え事に耽っていると、不意に扉がノックされた。
病室にいる全員の視線が扉へと集中する。
「やぁやぁやぁやぁ我が息子よ。随分と面白いことになってるじゃあないか」
返事も待たずに扉を開けて入ってきた男は、俺を見てそんなことを言いながらドシドシと近づいてきた。
「どうだ、自分の力で女を守った感想は? きっちり惚れさせたんだろうな、え?」
椅子に豪快に腰掛け、父は俺の背中をバンバンと叩く。痛い揺れる痛い揺れる、ええい、うっとうしい。
「……さっきフラれた所だよ」
「は」
「んで、父さんは何の用?」
「いや、ちょっと待て。フラれた? お前が? ……はぁ!? 何か墓穴でも掘ったのか!?」
「うるせぇこっちだって傷ついてんだよ少しは感傷に浸らせろこん畜生!」
「何だと!? 恩人に対して逆ギレすんな!」
「じゃあせめて敬える振る舞いぐらい身につけんかい、みっともない!」
何だと、やるかぁ! と、会ってすぐケンカを始めた俺たち親子だったが、再び騒ぎを聞きつけてやってきた看護師に今度は本気で怒られた。恋愛だって親子ゲンカだって等しく青春の一部だというのに、納得がいかない。
「……で、あのお嬢さんは何て?」
一応の落ち着きを取り戻した父は、話の続きを切り出した。……まだそのことについて気になるのか、飽きない人だ。
「……」『俺とは付き合えない』だってよ。他に好きな人はいないらしいけどな」
しばしの沈黙。……自分で言ったのにそのことが鮮明に思い出されて、目が潤む。
「そうか」
父はそれだけ言って、また黙り込む。口元に手を当て、何かを言おうか言うまいか考えているといった風だ。
そして決心をしたのか、父は椅子をきしませ、それを合図に口を開いた。
「……お前は知らんだろうから言っとくとな、あの子、相当ヤバいぞ」
「は?」
父は神妙な顔つきで言った。あんだけ黙っておいての台詞がそれとか、もう『何舞歌さんに失礼なこと言ってんだよ!』的なこと以前に我が父の頭がかなり心配になる。
「いや、お前に迷惑をかけたことを反省してるってのは分かるんだが、何か謝り方が尋常じゃなかったというか……」
歯切れが悪い。本人も、自分で言いながらもよく分かっていないのだろう。そう思わせる言い方に、俺は少しもどかしくなる。
「『あたしを殴って下さい、何なら殺してもいいです』なんて、どう考えても今の女子高生が言うことじゃあないだろう。なぁ? 土下座までされそうになったんだぜ」
「はぁ!?」
思わず病室全体に響く大声となってしまった。周囲の目が痛い。俺たちは声のボリュームを下げ、会話を続ける。
「これでめでたく付き合ってんのなら色々と理由を後付け出来たんだが……このままだとあの子、精神が危ねぇんじゃあねぇのかって」
不安からだろうか、頭がクラクラとする。終始笑顔とはいかないまでも、俺の前では笑顔を見せてくれたあの舞歌さんが……このまま彼女を放っておいても大丈夫だろうかと、心配で胸が痛いほどに暴れる。
「……分かった。こっちもこっちで善処してみる」
俺は誰を見るでもなく呟く。今のは全く意味のない言葉で、黙ってしまうとどんどん不安や心配が増大していきそうで、耐えられなかったのだ。
「……そうか、じゃあよろしくな。あの子のこと、まだ好きなんだろ? だったら頑張れってんだ。ほれ、お見舞い。食って喰って早く回復しろよ。え?」
父はそう言って花やら果物やらをベッド脇のボイスレコーダー付近に置いていくが、俺は全く別のことを考えていた。
病院の抜け出し方である。
「……ははっ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でも」
……全く、舞歌さんは罪な人だ。
あれだけ爽やかなフラれ方をしたのに、未だに頭の中から貴方が消えることはない。
初心忘れるべからず。
俺は、舞歌さんの笑顔が見られるだけでいい。
「父さん、松葉杖ってどこか分かる?」
「あぁ、ベッドの下に置いてあったぞ」
……よし、移動手段を確認。後は、作戦開始時刻までに経路の確認、か。
行ってどうなるのかは分からない。
逆効果になるのかもしれない。
それでも、俺はいつだって舞歌さんの元へと駆けよう。
好きなのだから。
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