第14話
〈東学〉
舞歌さんと共に、しばらく部活を休みたいと奏太が行ったのは、テスト一週間前の出来事だった。
俺の想い人が奏太に当てられた時とはまた違った、心にズシンとくる重り。全く最近はどうしたというのだろう、急展開過ぎて俺の思考は何事にも集中出来やしない。これでまた、テスト勉強に新たな敵が立ち塞がったというわけだ。
「……まぁいいじゃん? ここは神保さんとの二人きり、ラブラブ部活動が待っていると思って勘弁してくれ」
奏太は早口にそう言って、とっとと学校を後にしてしまった。舞歌さんも、
「ほんっとゴメン! 先生の許可はもう取っちゃったから! もし何もすることがないんだったら十日間ほど部活を休止してもいいから!」
とのことだった。
いつもならば心地良いはずの文芸部の静寂が、今となってはとても気まずい。何故ならば、そう、この状況が、たまに描いてしまう俺の妄想にそっくりだったからだ。
「さて、瑠衣はあぁ言ったけれど、あなたはどうする? 風見君の小説の展開ストックはまだあるのかしら? あるのなら、やはりここで丁寧に書いておくべきだと思うわ」
神保さんはそんな俺の気持ちなどいざ知らず、事務的な口調で俺に確認を取る。
……少しくらい意識してくれてもいいじゃあないか。
「正直、瑠衣のいないこの部活なんて本当にどうでもいいのだけれど、あなたが部活動をしたいと言うのならば、副部長として監督しなくてはいけないのよね。面倒だわ」
「……いえ、最近奏太のペースが落ちてきていて、もうほぼ追いついてしまっている状態なんです。特にこれといってやるべきこともありませんし、やはり休部にしますか?」
神保さんは特にこれといった感慨はなさそうに、
「そうね、ではそうしましょう。私はこれから少し用事があるから、先に帰っていていいわよ。鍵は私が締めておくわ」
と言って、鞄から一枚の紙を取り出し、何かを書き始めた。
「では、失礼します。さようなら」
「えぇ、さようなら。テスト勉強頑張りなさい」
奏太は勿論、もう文芸部員全員が俺と親との取り決めを知っているので、軽く励まされた。
俺はそのことに嬉しくなってふと神保さんの方へ振り返る。と、何故だかこの光景に既視感を覚えた。どこか懐かしい、それでいてまだ感覚が新しい、ぼんやりと矛盾しているような奇妙な心地だ。
「……神保さん」
不意に、口から言葉が漏れ出た。
「あなたは、人が好きですか?」
その自然と出た問いに、神保さんは眉一つ動かさずに即答した。
「大嫌いよ、決まっているじゃない」
笑わせないで。と、ちっとも笑わないで神保さんは答えた。
「……そうですか、すみません、変なことを」
「全くだわ、早く帰りなさい」
「……えぇ」
俺もです、神保さん。
さて、ここになって俺の人間不信は高まっていく。
奏太はいつか、今の部活がとても楽しいと言った。
だから俺はてっきり、奏太は何事にもそれを優先させるという信念を持っているものと、どこかで勘違いを起こしていた。
つまり俺は、奏太を心から信じられないと何度も繰り返してきたというのに、いつの間にか奏太をこういった形で信じていた、ということである。
そして、奏太の今日までの数日の言動が、とうとう俺を壊した。
全く、笑わせてくれる。
勝手に人を信じて、勝手に裏切られたと悲観して、俺はなんて醜い動物だ。
死ねばいいのに。
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