第10話
〈東学〉
「じゃあ、部活お疲れー!」
「「「お疲れ様でした」」」
下校時刻。
奏太がサッと舞歌さんの元へと寄り、隣になって玄関へと歩く。何だかその様はまるで尊敬する主に仕える従者のようで、奏太をよく知っている俺からすると、ちっとも付き合いたての恋人には見えない。というかほぼ、とうとう奴隷根性を表したな、この変態め!といった印象しかない。
「じゃあねー可奈江! また明日!」
という舞歌さんの言葉にも違和感を覚える。二人はいつも一緒、一心同体のイメージが強いので、二人の別れの挨拶がハッキリ言って何か気持ち悪い。
「えぇ……また」
神保さんは見るからに悲愴な表情で舞歌さんを見送る。挙げかけた手が宙を彷徨い、それを所在なさそうに胸に持っていき、ギュッと握る。昨日の涙同様、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのような画だ。見ているこちらが泣いてしまう。
「友を盗られて寂しそうね、東君」
悲しみに震えた声で神保さんが俺に話しかける。あなたの方がよっぽど辛そうですがね、という突っ込んだ返事は現状を考えて留め、まず神保さんから話しかけてくれたこの幸運を少しでも引き延ばそうと、言葉を選ぶ。
「愛にも友情にも、永遠はありません。何事も運命だと考えれば精神的ダメージも少しは和らぎますよ」
「ふ~ん」
……俺との会話は別にどうでもいいらしい。聞いていたのかさえ怪しい、びっくりするほどの生返事だった。
と、そのことに気付いているのかいないのか、神保さんは玄関とは反対方向、つまり俺のいる側に近づいて来た。???と、頭を疑問符が支配する。こちらに用があるのは当番である俺だけだし…相変わらず神保さんは何を考えているのか分かりづらい。
そして、神保さんは俺の目の前で足を止める。
……近い近い近い近い。もし俺がラブコメの主人公だったのならラッキースケベでキスしてしまうぐらいの距離だ。
心臓の活発さを改めて確認する。成程、これならあと数十年は死なない。
そして、何をするのかと思えば神保さんは小さく仰け反る。そして俺は更なる疑問符を頭に浮かべる間もなく、
頭突きをされた。
ゴッ、という効果音が適当だろうか。互いの頭蓋骨が重い音を立ててグォングォンと脳の機能を奪う。続いて混乱と、痛み。最後に、神保さんに二日連続で触れることが出来たという嬉しさと、興奮。
「~~~っ、~~!」
神保さんは後ろへよろめき、何やら頭を抱えて呻いている。かなり痛そうだ。だったらやらなければ良いものを全く神保さんは全てが可愛い。
「大丈夫ですか!? 何をバカなことを……」
神保さんに駆け寄ろうとしたが、片手でそれを制された。やがてその手を下ろし、しっかりとこちらに向き直る。その目は、宝石のように澄んでいた。
「で、昨日瑠衣に何があったのか、話してもらいましょう。言い訳は最初にどうぞ」
まだ神保さんは顔を苦痛に歪めていたが、真っ直ぐな声で問いただされる。何故頭突きをする前にそれを訊かなかった。
というか、まだそのことを気にしていたのか。どうやら昨日の間に舞歌さんと話はつけたと思っていたのだが……流石の舞歌さんも、そこまでは話せなかったということか。
「……聞いてどうするんです?」
あ、今の台詞ドラマっぽい。
「内容によるわ」
あ、今の神保さん悪役女優っぽい。名演技だ。
「じゃあ、これ以上ややこしい問題を起こさないと誓って聞いて下さい。約束ですよ?」
「無理。その時は、あなたが私を止めなさい」
……それは信頼されているが故の発言と受け取って良いものなのか分からないが、何だか認めてくれたようで素直に嬉しい。
果たして、本当に話して良いのだろうか? 誰にだって見られたくないもの、知られたくないものがある。ここはひっそりと、俺の心の中で留めておくべきことなんじゃないか?
いや。
目の前の真剣な神保さんを見ると、何だかそれを隠すこと自体が俺の自己満足で不純なもののように思えてしまう。
きっと神保さんの目が純粋な色をしているからだ。
美しさが罪とは、一体誰が言ったことか。
それはきっと罪なんかじゃない、運命だ。
どこまでも神聖な彼女に、俺の心は熱く浄化されていく。
自然、俺の口は夕日に照らされた昨日の二人を語ろうと、言葉を紡ぐ。
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