第6話

〈風見奏太〉


 反射的に、俺は舞歌さんを後ろから抱きしめていた。


 全身で感じる憧れの先輩は、柔らかくて、いい匂いがして、そしてとても小さく、今にも壊れてしまいそうなほど、脆かった。


「ぇ……?」


舞歌さんはまだ状況が飲み込めていないようであったが、


「な……何何何? ちょ、奏太君?」


数秒の後、ようやく自分が異性の後輩に抱きつかれていると把握し、ようやく混乱しだした。


「え……と、ほら奏太君も高校生だし気持ちは分からなくもないというか全然分からないというかそれでもちょっと唐突過ぎるのはあたしさすがに引くかなー……なんて。自分を大切に……ね?」


 舞歌さんはいつだって優しい。いきなり抱きついてくるような男にだって気を遣ってくれる。時に胸が締め付けられるほどに。


「関係……ないんすか……」


「え」


「関係ないんすか、俺は!」


数秒間の沈黙も、俺を更に惨めにする。こんな俺の声は初めて聞いた。


 こんな、弱々しい声。





「俺は……舞歌さんのことが、好きです」





言うまいと決めていたのに、言うまいと誓っていたのに。言葉が溢れてくる。


「初めて会った時から……ずっと。俺は、舞歌さんに会いたくて、舞歌さんと近づきたくて、何か少しでも舞歌さんの役に立ちたくて、それで入部しました」


舞歌さんの笑顔が見れればそれでいいと、思ってたのに。


「……でも、舞歌さんはいつも一人でどんな難関も乗り越えて、解決してしまう。俺はいつもそんな舞歌さんの背中を、見つめることしか出来なかった」


あれが、俺の憧れた、理想の先輩だったのかもしれない。


 でも、あの涙を流していた先輩はどうだ? あの叫びを上げた先輩は?


 今俺の腕の中にいる一人の女の子、舞歌瑠衣はどうだ?





 俺はこんな小さな背中に、何を求めていたんだ?





「頼って下さい……俺を。また一人で背負い込んで、何でも解決しようとしないで下さい。……それとも俺は、そんなに頼りないですか」


それは心からの、悲痛な叫びだった。





「お願いですから……関係ないなんて……言わないで下さい……!」





 腕に力が籠もる。


 けど、意思とは無関係に俺の腕は弱々しく震え、それが更に俺を惨めにする。


 舞歌さんは俺の話を静かに聞いてくれた。ピクリともせずに、唯々動かない。俺は舞歌さんを後ろから抱きしめている状況にあるので、こちらからは表情が見えない。


「!」


スッと、舞歌さんが震える俺の腕に手を添えた。服の上からなので体温が伝わるわけではないのだが、不思議とその手は温かかった。まるでその手は柔らかな二つの羽のようで、優しい。


「少しだけ」


「?」


ようやく、舞歌さんは声を発した。どこか心を許したような、安心した声だった。


「……お願い。もう少しだけ、こうさせて」


そう言って、舞歌さんはこちらに体重を預けた。心地よい重みが体を圧す。


「……はい」


 俺は、しっかりと舞歌さんを抱きしめた。


 もう腕は、震えていない。





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