第4話

 〈風見奏太〉


 俺の名前は風見奏太だ。高校二年生、文芸部に所属している。


 最近、というかあの日以来、親友の様子がおかしい。


 そう、具体的には、俺が好きな人を打ち明けて以来だ。


 その日は、俺の想い人を親友が初めて知ったというだけでなく、失礼にもその場のノリで親友の想い人もまた、俺が言い当ててしまった。


 あれから親友、東学はどこか上の空だ。気がつくといつも、学は想い人である神保さんを見つめている。最初はとうとう壊れたかと思ったが、さすがにそれが何日も続くとなると執筆パートナーとしても親友としても心配だ。


 しかし、どうにかしてあげたいとは思うのだが、一体どうしたものか。


 俺にとって、東学は親友だ。ただ知り合いというだけで、その父親を何日もかけて口説き落とし、文芸部に誘うほど俺は能動的でもない。


 ただ、それに対して学はどう感じているのだろう。


 学は、他人に深奥まで踏み込まれることを拒絶している。


 そして学からも、他人の深奥まで踏み込むことを躊躇っている。


 心の壁というんだろうか、今までも最後の一線ぎりぎりにまで近づくのに、その線は絶対に越えない。学はそんな不思議な距離感の中で生きている。


 きっと学に『最近様子がおかしいけどどうした? 心配してるんだぞ』なんて言っても、適当にはぐらかされるのがオチだろう。あいつはそんな奴だ。






 という考えで俺は放課後、文芸部室前にいる。


 まだ部活動開始時刻には十五分ほど時間があるのにどうしたかといえば、舞歌さんと少し話をしたかったからだ。


 いや……そういう話ではないよ? 本当だよ?


 俺がバカ正直に学と話をしても、あいつは心情を吐露してはくれない。とはいえ顔をつき合わせ、腹を割って話す以外に俺はコミュニケーション方法を知らない。


 そこで舞歌さんだ。舞歌さんのコミュニケーション能力はかなり高い。というか馴れ馴れしいだけかもしれない。が、舞歌さんのように人との距離をグイグイ詰めていくやり方が、今の俺には一番必要だ。


 学が心の壁を作っているのならば、最後の一線を張っているのならば、強引に破ってしまえばいい、踏み込んでしまえばいい。これが、俺に考えられる最善の手段だ。


 この時間帯、部室にいるのは舞歌さん一人だ。学や神保さんはいない。


 義務感からくる緊張と、舞歌さんとの会話を楽しみにする高揚を胸に、俺はいざ部室のドアをノックしようと腕を胸の高さにまで引き上げる。


 と、部室から何か話し声が聞こえた。


「ーーー、……、――」


訝しみながらも、どうやら舞歌さんの声のようだと断定する。電話中だろうか?


「ーー! ~~~!」


ひどく動揺しているようだ。普段の舞歌さんからは聞いたことのない、震えた声。


「ーー~ですから! もう止めてください!」


直後、何か硬い音が響いた。


 不穏な空気を察し、俺はノックもせずに部室に入った。


 そこには泣き崩れている舞歌さんと、床に転がっている携帯があった。通話が切れていて、無機質な電子音だけが静かな部室に響く。


「大丈夫ですか!? どこか痛いんすか!」


直後、この発言に後悔する。状況から察するに、明らかに精神的な理由によるものだというのに、まったく俺はデリカシーその他諸々が足りなさ過ぎて嫌になる。学だって、もっと優しく紳士的な対応をするだろう。


 舞歌さんはそれこそ辛そうな表情を浮かべ涙を流していた。普段の舞歌さんからは想像も出来ないその姿は、とても小さく、そしてとても脆く感じた。


 しかし舞歌さんは俺に気がつくと、まるで何事もなかったかのように


「ごめんね、ちょっと仕事の締め切りで色々あって。何でもないから、そろそろ部活始めよっか。うん、大丈夫。何でもない」


舞歌さんは取り繕ったような引き攣った笑みを見せ、よろよろ立ち上がり、携帯を拾う。


「……何があったんすか」


「何って……だから締め切りだって。いや~、やっぱり人気作家は辛いなってね」


「……何があったんすか」


「……しつこいよ、奏太君」


「何があったんすか!」





「うるさい!」





予期していなかった大声に、口を噤む。


「何も無い何も無い何も無い何も無い何も無い! なんにもないの!」


それは、明るい性格の裏にある、舞歌さんの心の底からの声かもしれなかった。


 そして、





「関係ないでしょ!」





その一言が、俺の理性を握りつぶした。





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