第四章 戦争と平和

第28話 不安定な神様

─ 天界・高天原たかまがはら


「天照様、お食事ができましたよ。今日は鯛の煮付けにしました。」

「いつもありがとうね、豊受姫(トヨウケヒメ)ちゃん……。」

 高天原の主神、天照の食事の時間。天照の食事は、穀物・食物の神である豊受姫トヨウケヒメが一手に取り仕切り、食事の相手も務めている。


「それは言わないお約束ですよ、天照様。いつも代わり映えがしないもので申し訳ありません。大宜都姫オオゲツヒメさんが居ればレパートリーも広がるのですが…。」

大宜都姫オオゲツヒメですか……ごめんなさいね、わたしの弟が……。どうしてあんなことをするのでしょう……ごめんなさい……ごめんなさい……。」

 豊受姫は会話の選択を誤った、と思った。天照は生まれつきメンタルが弱い神様で何かとこの調子になり、しめっぽい食事になってしまう。このような具合だから、食事に付き合う神もいなくなったのだ。しかし、ぼっちの食事は嫌だと豊受姫が食事係に召し上げられ、以来この紙メンタルの天照の相手をしている。


「えーと…お味はいかがでしたか?もっと甘い方が良いとか、辛い方が良いとかありましたら是非…。」

「おいしい鯛ね……この鯛はどうしたの?」

「はい、保食神ウケモチノカミさんが出してくれたもので、できたてピチピチですよ。」

保食神ウケモチノカミ……かわいそうなことをしました……。あのような愚弟を持つなど恥ずかしい……居なくなってしまいたい……鬱だ死のう……。豊受姫ちゃん……介錯をお願い……。」

 豊受姫は大きなため息をひとつ吐き、話題を切り替えた。

「…今日は一際ご機嫌がすぐれませんね…いかがなさいましたか?」


「下界のことです。豊受姫ちゃんも知っているでしょう?」

「はいはい、磐長姫イワナガヒメさんと、大綿津見オオワタツミさんのご息女と、大国主オオクニヌシさんのお孫さんのいざこざのことですね。先日、保食神さんと大宜都姫さんの一部を借りにいらした塩土老翁シオツチノオジさんから聞きましたけど、結構楽しくやっているようですよ。仲良く一緒にご飯を食べているとも聞きましたし。」


「私に食事の相手が居ないのに……楽しく食事をしているのですね……羨ましいことです……死にたくなってきました……。」

「…私が居ますから。下界のことも…もう少し楽観的に考えてみてはいかがですか?」

「……とても悠長に構えてなどいられません……これは神々を二つに分ける大戦に発展しかねない問題です……。早々に手を打たないと……天津神アマツカミ国津神クニツカミが血で血を洗う……天界の主神である私の責任に……大国主の高天原乗っ取り……もはや私の立場もこれまで……ブツブツ。」

「考えすぎですよ…。そのことはさておき、ご飯を食べてください。冷めてしまうとおいしくないですし、片付きませんから。」

「そうですね……もぐもぐ……おいしいです。」


 ゴロゴロ ピッシャーン!


「ひゃあっ!?雷!?」

「ぎぃやぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!敵が攻めてきたああああああああああああああああぁぁぁっぁぁぁ!!!1!!雷!!!!おへそ!!!11!1!くぁwせdrftgyふじこlp」

「天照様うろたえないでください!そんなわけないでしょう!」


「ウィッス!お久しぶりです天照サマ!豊受姫!」

武甕槌タケミカヅチさんでしたか…。驚かせないでくださいよ、天照様はビビリなんですから…。」

「いや、天照サマが俺様を呼んだって聞いたから来たんスけど…。」

「そうそう、確かに武甕槌タケミカヅチを呼んだのは私です……。よく来てくれました……。」

「ウィッス。」

「天照様!あなた自分で武甕槌さんを呼んでおいてビビってたんですか!?」

「だって……雷とか……怖いし……。」

「で、天照サマ。俺様に何の御用ですか?」

「そうそう……それです。あなたにしかお願いできないことです……。」

「わざわざ武甕槌さんを呼ぶなんて…そんなに重要な任務なのですか…。」


「大国主を殺してきて……。」

「お安い御用ッス!」

「ちょっと待ってください!!!!!!!!いきなり何言ってやがりますか!?あと武甕槌さんもなに安請け合いしちゃってるんですか!?それこそ大戦争になるんですけど!!!!!?馬鹿なの!?あほなの!?」

「どうせ戦争になるなら……先制攻撃した方が有利だし……。彼3回死んでるから……あと1回くらいいいよね……?」

「そうですね。俺様ならちょろいもんです。」


「よくない。全然良くありません。ええと…決して戦争を推奨するわけではありませんが、戦争には大義名分が必要です。大国主さんは人格者として知られていますし、天津神とも太いコネクションがあります。その大国主さんを大義名分なしに先制攻撃でひどい目に合わせると、天津神からも離反者が出ますよ。」

「でっちあげればいいのよ……。」

「後からなんとでもなるッス。」

「はいそこ黙って聞く!それに国譲りの時とは違って、大国主さんは今幽冥界の主です。幽冥界、すなわち根の国には誰が居るでしょうか?」

伊弉冉イザナミ母様と素戔嗚スサノオが……はっ……そうだわ……!」

「ご理解いただけましたか?」

「母様と素戔嗚と連携して大国主をはさみうち……これね……!」

「『これね!』じゃあありません!伊弉冉様と素戔嗚様が敵に回りかねないということです!!!!大国主さん何も悪いことしてないんですから!!!!」


「……いや……素戔嗚……怖い……もうだめです……死のう……いえ……どうせなら……戦って死ぬ……!!いつでもかかってきんさい!!」

「ちょっ…食事中にフルアーマー化しないでください!!!!こちらから何もしなければ攻めてきませんから!!!!だからここは何もせず成り行きに任せましょう?」

「……そう……ですね……それが良さそうですね……戦争反対です……。」

「それじゃあ食事を続けましょう。武甕槌さん、ご面倒おかけしました。申し訳ありません。」

 天照の発作が収まり、豊受姫はほっと胸をなでおろした。


「天照サマ。俺様に良い案がありますぜ。」


「良い案ですって!?」

「えーと…武甕槌さん…本当にそれは良い案なんですか…?」

「ああ。関係者の三人とも全員が幸せになれる名案だぜ。」

「武甕槌……聞かせてください……その名案とやらを……。」


「オレ様がどう産まれたかは知ってますよね。」

「……?……知りませんが。」

「天照様…そのくらいは知っておいてください。武甕槌さんは火之迦具土(ヒノカグツチ)さんから生まれたんですよね。」

「その通り。つまり、そういうことです。」

「……?」

「まさか…。」

「件の堀大和を──で──して、──すれば、三人とも幸せ!って寸法ですよ。」

「……ビッグアイディア!」

「いや!ないです!ありません!堀大和は人間ですよ!神とは違いますから!」

「……誰にお願いしようかしら……。」

経津主フツヌシが良いでしょう。ヤツなら仕損じることはありません。俺様が保証しますよ。」

「……となると、『アレ』が必要ですね……。物置から探しておかないと……。」

「話を聞けーっ!!!!大変なことになりますよ!!!!」

「……大丈夫ですよ豊受姫ちゃん……全責任は私が持ちますから……。」

「知りませんよ!?私注意しましたからね!!」

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