第20話 水と泪と男と女
「私ね…大和といっしょなら…いいよ。」
「俺は良くない。ひとりで頼む。」
一応どさくさに紛れて抱きしめていたクズハを安全に引きはがすことには成功した。目下の問題はものすごい量に膨れ上がった頭上の水の塊だ。今なお
「まあご安心くだされ大和殿。鹽盈の珠と対を為す『鹽乾の珠』を大和殿は持っているではありませぬか。」
おじさんは俺の腕の珠を指さして言った。
「…よし、この珠か。それでどう使うんです?」
「うむ。実は綿津見殿はスナック菓子が好きでしてのう。」
「?」
「特にカールがお気に入りですぞ。」
「なぜ急にそんな話を?」
「まあお聞きくだされ。ですから綿津見殿はカールを常に食べられるように買いだめをしているのです。」
「興味ないですけど、はい。」
「しかし悲しいことに綿津見殿が住まう海底宮殿では、カールはすぐにシケってしまうのです。」
「シケったカールは不味いもんな…。」
「親父殿はカールがシケってるくらいで怒るのじゃ。加えて言うとわらわがつまみ食いすると更に怒るのじゃ。まったく心の狭い親父殿を持つと恥ずかしいのじゃ。」
「クズハはシケったカールも好きだよ!」
「というよりカールがシケるのが嫌なら都度買いに行けばいいんじゃないか…海の神様ですよね彼?」
「綿津見殿の家来は大体エラ呼吸ですからな…お菓子を買いに行くのも一苦労なのですぞ。お菓子を買いに行かされて命を落とす家来も少なくないとか。」
「なんてひどい話なんだ…。確かにエラ呼吸だとコンビニに行くのも大変なんだろうな…。」
「私が陸上に用事があると聞くと、ついでにスナック菓子を買いためるようにと使いっぱにされてしまいますからなあ。」
「なるほどなぁ。シオツチのおじさんも苦労してるんだ…。」
「最近はPB(プライベートブランド)で棚が埋まっており、カールが売ってないこともしばしばありますからな。その場合はスーパーまで行かなければならないのです。」
「あるあるだよね~。」
「だから見かけたら買いためておくようにはしているのですぞ。」
「で、買いためておいたカールがシケる、と。なるほど、納得したよ。カールがシケるのもちゃんとした理由があったんだなあ。」
「湿度が高いのは高いのでお肌が潤って良いこともあるのじゃよ?」
………
……
…
ジョババババ…
「…で?何の話だったの?このシケったカールの話に何の意味があるの?街が大惨事に襲われる瀬戸際なんですけど!!!!」
「落ち着いてくだされ大和殿。お菓子がシケるというところが重要なことなのですぞ!」
「手短に頼む!」
「わかりましたぞ。つまり、綿津見殿はおやつがシケるのがどうしても許せない神なのです。そこでシケったお菓子を乾燥させるのが、なんと!大和殿の持つ『
「なにーっ!!!!…なに…本当になんなの…シリカゲルといっしょなのこれ…。」
「綿津見殿は断腸の思いでその鹽乾の珠を大和殿に譲り渡したのですぞ。」
「そうなんだ…。ちょっとベタベタするな…と思ってたけど、これもしかしてスナック菓子を食べた後に触ったからか?」
「ご明察ですぞ。」
「ご明察、って…手を洗えよ海の神様!汚いよ!そんな手で触るなよ!神器を!ばーかばーか!」
「それで叔父上殿、大和の鹽乾の珠はどうやって発動させるのじゃ?」
「そうだ!それ重要!」
「うむ、発動させるのは簡単ですぞ。その方法は…」
「その方法は?」
「シケったお菓子を近づけると、湿気を取るために自動で発動するのです!さあ大和殿!シケったカールをご用意くだされ!」
「ねえよそんなもん…。」
「ないのじゃ。」
「汚れた空気を検知すると自動でスイッチが入る空気清浄機みたいだねそれ。」
「なんというか…使い方は貰うときに説明してほしかったよ…。こんな緊急時にシケったお菓子が必要とか聞いてもどうにもならないんだけど…。」
「あったよ!お菓子!」
「でかした!クズハ!」
クズハが見つけたのは俺がさっき空港で買った家族へのおみやげだった。やはりこいつら手癖が悪い…だが今はそれも許そう。
「バームクーヘンとおかきか…。おじさん!元からしっとりしてるバームクーヘンでいけるか!?」
「元からしっとりのお菓子はダメですな。あくまでカリカリサクサクのお菓子でなくては鹽乾の珠は発動しませんぞ。」
「じゃあこのおかきだ!」
「シケっていなければダメですな…。」
「よし!オタマ!お前の水の術でこのおかきをシケらせるんだ!」
「このバームクーヘン美味しいのじゃ。」「おいしー。」
「食っとる場合か!今すぐこのおかきをシケらせろ!ジャストナウ!」
「空港のバームクーヘンは妙においしいですからな…。」
「もぐもぐ…仕方…もぐ…ないのう…。」
オタマは口の中いっぱいにバームクーヘンを詰め込みながらおかきに水を吹きかけた。
「鹽乾の珠 起動シマス」
「珠がしゃべった!妙にハイテクだな、これ!」
「大和殿!今ですぞ!その珠を水に向かって掲げてくだされ!」
おじさんの言った通りに珠を掲げると、空中に静止していた膨大な水が腕の珠に向かって吸い込まれていった。
「いやー、あわや大惨事でしたなぁ。ですがこれでもう安心ですぞ。」
「まったくだ…あやうく街が大変なことになるところだった…。」
この一件でやはりこいつらは危険すぎる、ということを再認識させられることとなった。
なお、バームクーヘンとおかきはオタマとクズハに食い尽くされ、俺は手ぶらで家に帰った。
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