第19話 どうにもとまらない

 状況を整理しよう。


 俺は今クズハに抱き着かれている。そしてそのクズハを俺ごと貫こうと頑張っているオタマ。この場面で頼りにできそうなシオツチのおじさんは重傷を受け倒れている。

 さあこの苦境をどう切り抜ける?…と思ったらオタマが攻撃をやめた。


「ぜーぜー…おのれ大和…わらわの制裁を…かわす、とは…卑怯なの、じゃ…。」

「体力切れか…移動すらマーちゃんにまかせっきりだから運動不足なんだろうな…。しかし助かった。」

 俺はほっと一息ついた。


「じゃあ、死のっか、大和。」

 目の前のクズハがにこっと笑った。そういえばそうだった…俺が今、腕の中に抱いてるのは爆弾だった。


「クズハ落ち着け!俺は死ぬつもりはない!」

 この爆弾は俺が抱くのをやめた途端爆発することだろう。しかし、この超至近距離なら剣を手繰り寄せても容易には扱えないはず。よって、俺はあらん限りの力で強くクズハを抱きしめ、クズハを腕の中から逃がさないようにする以外に生き残る術はない。


「もう…大和ったら…。」

「離したら死ぬ離したら死ぬ離したら死ぬ離したら…」

「やっ大和ー!!!!おぬしこの後に…およんで…ぜーぜー。こうなったら『これ』を使わざるを…得ないのじゃ…。」

 オタマは懐から、以前俺がワタツミさんに貰ったのと同じような珠を取り出した。


「むぅ…あれはまさか…。」

「知っているのかおじさん!」

「うむ、あれは大和殿が持つ鹽乾しおひの珠と対を為す綿津見殿の神器『鹽盈の珠(しおみつのたま)』によく似ておりますぞ…。まああれは第一級危険物であり綿津見殿が厳重に管理しているはずですから、小玉姫が持っているはずなどないのですがな。常日頃から綿津見殿は『これが小玉の手に渡ろうものなら地上が大変なことになるなーガッハッハ』などと申しておりましたから、まさかまさか小玉姫が持っていようはずなどありませんぞ。」

「なるほど、オタマがその珠を持ってたら大変なことになるんだな。で、その珠はなんだい?」


「鹽盈の珠じゃ。」

「前フリでそうかと思ったけど、ああ、やっぱりね…。オタマ、それどうしたんだ。」

「親父殿が出雲に行っている間にちょっと借りたのじゃ。」

「わにちゃん手癖わる~い!」


「クズハ、祖父さんの神剣持ち出したお前がそれを言うのか…。で、シオツチのおじさんあの珠について説明頼む!」

「うむ、あの鹽盈の珠は水を際限なく生み出す神器ですぞ。あの珠を使おうものなら大洪水が発生し、農家のみなさんが頑張って耕した田畑が一瞬で流されてしまう禁断の果実ですぞ。詩的な表現をすると農家のみなさんの涙で大洪水、といったところですな。」

「それは大変だわ。用水路の様子を見に行かないと!大和、まかせたわ!」

「ここは住宅街だ。だけど大惨事になるのは変わらないか…ローンが残っているおうちもたくさんあることだろう…。おいオタマやめろ!」

「もう遅いのじゃ!この珠を取り出したと時にスイッチは入っておる!」


 ジョババババ…


 珠が水を生み出し、オタマの頭上に宙に浮かぶプールが形成されていく。


「やばいぞ!このまま水が溜まって地面に落とされたら大変なことになる!」

「ふむ…今のところ7斗といったところですな。」

「わからん、シオツチのおじさんリットルで頼む!」

「およそ126リットルといったところですな。」

 えーと…1リットルが1kgだから今126kgってことか…。このまま水が増して俺たちに叩きつけられたら洪水云々の前にぺしゃんこだ。


「フハハハ…わらわは世界を滅ぼす力を手に入れたのじゃ…。愚かな大和と小娘よ…。せいぜい泣きわめくがよいのじゃ!」

「オタマ…そのセリフは悪役みたいだぞ…。しかも借り物(盗んだ)の力だし。」

「こほん。ちょっと言い過ぎたのじゃ。どうじゃ大和!命乞い…もとい謝るなら今のうちじゃぞ!」


「ごめんなさい!許してください!」

 何に謝ればいいのかよくわからんが、謝って済むのであればそれにこしたことはない…俺はとりあえず謝ってみた。


「うむ、最初からそのように素直に謝れば良いのじゃ。」


 ジョババババ…


「くっ…何か上から目線で若干イラッと来るけど…これが街の平和に繋がるなら俺は土下座だってしてみせる!…というわけで水を止めていただけませんでしょうかオタマ様。」


 ジョババババ…


「うむうむ、くるしゅうないぞ。」


 ジョババババ…


「あの…早く止めてください…。」


 ジョババババ…


「うむ、えいっえいっ。」


 ジョババババ…


「?」


 ジョババババ…


「のう大和。これってどうやって止めるのじゃ?」

「俺が知るかーっ!!!!」


「ハハハ、小玉姫、大和殿。その鹽盈の珠は水を出す専門で一度水を出したら300斗…5400リットルほど水を吐き出すまで止まりませんぞ。ですから綿津見殿も小玉姫の手に渡ると大変なことになるーと騒いでおったのです。小玉姫もこれに懲りたら父上殿の宝物を勝手に持ち出してはなりませんぞ。」

「よくわかったのじゃ…。」

「なるほど、そいつは大変だぁ…5400リットルだと5400kg、つまり5.4トンの水が俺たちに叩きつけられると…どうすんだこれー!!」

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