第21話 夏の終わり①
「大和、そうめんはもう飽きたのじゃ。」
「このめんつゆもうちょっと甘味があったほうがクズハの好みかなー。」
「クズハ殿は出雲そば風の味付けが好みですかな。しかし出雲そばは関西なのに味付けが濃いのはなぜなのでしょうな…そもそも関西でそば文化と言うのも珍しい…。」
「えっと、江戸時代に信濃のお殿様が転封されてそば文化が発展したんだって。」
「なるほど、信濃はそばの名所ですからなぁ。となると、出雲のそば文化は比較的最近の話なのですな…どうしましたかな、大和殿。箸が止まっておりますぞ?」
「どうもこうもないよ…。」
「お兄ちゃんは毎年おそうめんが余るのに悩んでたもんね。今年はおそうめんの消費がはかどって良かったね!」
「違う…そうじゃない…そうじゃ…ない…。」
「あっ…ごめんね大和、クズハおそばが好きだけど大和が茹でたおそうめんもおいしいよ!」
「でも飽きたのじゃ…。毎日そうめんだと楽しみがないのじゃ…。」
「…うん、言うね。なんでみなさんうちで夕飯を食べているのですか?」
今日は夏休みの最終日。崩壊した家は解体が済み建築が進んでいて、まだ当分は仮住まい暮らしが続きそうだ。父さんは仕事に戻り、母さんも休暇が終わりとりあえず黄泉の国?に帰った。しかし今なお我が家の食卓はにぎやかだ。俺と、ぱせりと、オタマ・クズハ・シオツチのおじさん…あとマーちゃん。
オタマとマーちゃんはうちに居候しているから、釈然とはしないがまあわかる。問題は残りふたり。
「家を追い出されて行くところがないのじゃ。ずずず」
「愛する人の手料理が食べたいから!つるつる」
「私は小玉姫のお目付けですぞ。仕方なく夕飯をごちそうになっているだけであって。もぐもぐ」
「にぎやかになってうれしいね、お兄ちゃん。」
頭痛くなってきた。
「ぱせりよ、オタマとシオツチのおじさんはともかくクズハは俺を殺そうとしている女の子だ。言葉の通り寝首を掻こうと狙っている子だ。常識的に考えてそんな死神と一緒にソーメンをつつくなんて考えられん。」
クズハは黄泉の国との門を開く力があるため、ここのところは夕飯時に門を開きひょいとやってきて、そして飯を食って帰っていく。おかげで料理の手間と後片付けの手間が増えた…というのはまあ細かい話だ。問題視されるべきなのは、
「仮住まいとはいえ、気軽にうちに死の国との門を開くのもやめてほしい…。」
クズハがやってくるようになってから、幽霊だの妖怪だのの目撃情報があったり、近所の犬が狂ったように吠え叫ぶようになったり、ゴーストタイプのポケモンが湧きやすくなったり、なんとなくそれっぽいことが頻発している。
「でもお兄ちゃん、ご飯は大勢で食べた方がおいしいよ。」
「そうかもしれないけど…今は俺の食欲がトレードオフされている…。」
「そうなのじゃ。あの娘と大和では文字通り『住む世界が違う』のじゃ。自然界の神であるわらわたちとは違っての。」
「住む世界が違う、か…。だったらいっしょになればいいと思うの…だから大和たち家族もこっちの世界に来よ?永遠に。」
「本当にこの子は思考が自分本位すぎる…。もう少し俺のことを考えてはもらえないのだろうか…。とりあえず、俺はともかくとしてぱせりや父さんとか無関係な人たちを巻き込むなよ!絶対に!」
本当は俺も巻き込むのもやめてほしいのだが。
「まあまあ大和殿。こやつが敵意を見せようものなら私と小玉姫が黙っておりませんからな。安心してそうめんを…おっともう無くなってしまいましたな。つい箸が進むものでして。」
「大和、おかわりを茹でるのじゃ。わらわは育ち盛りだからこれじゃ足りないのじゃ。」
「俺はお前らのお母さんか!っていうかさっきソーメンは飽きたって言ってたよね。」
ぱせりはにぎやかだ、と喜んでいるが、俺からしてみれば子供が増えたようだ。しっぽの生えたこのぐうたらっ子を恋愛対象として見ることは…多分できないように思える。水系の女神なんだから、いずれは洗い物くらいは手伝わせよう。
「いいよお兄ちゃん、おそうめんなら私が茹でるから。」
「悪いなぱせり。俺はちょっと外の風に当たってくる…。」
「無くなっちゃうよー?」
「ああ、構わない。あまり食欲がないからな…。」
「大和ー、アイスー。アイス買ってくるのじゃー。」
「…。」
夏の終わりの夜だが家の外は生暖かい。明日も暑い一日になりそうだ。
「アイス…買いに行くか…。」
街灯が少なく、最近は頻発する心霊現象のせいで夜は人通りもまばらだ。しかし、今日は月が明るくなんとなく夜の散歩も風流に感じる。
歩きながら考える。俺の人生は…一体なんなのだろう…この後どうなってしまうのだろう。生きるも地獄(オタマとイワナガヒメさん)、死ぬも地獄(クズハ)で生きていても死んでも今後の人生詰んでいる。もういっそのこと…
「いっそのこと、居なくなってしまいたい。そう思った?」
心を見透かしたような声の方に振り向くと、そこには月明かりに照らされた銀髪の青年が立っていた。
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