第二章 薄情の神々

第12話 彼女とその家族の事情

 島根県の出雲大社に日本全国の神が集まるため、旧暦10月のことを神無月、と呼ぶ俗説がある。その説は差し置いて、時は8月。ここ出雲の地に一部の神が集まり、ある話し合いが始まろうとしていた。


大綿津見オオワタツミ殿、大山祇(オオヤマツミ)殿、『我が孫娘のため』わざわざ我が宮殿にご参集いただきかたじけなし。」

 この話し合いの主催者である大国主がそう言うと、招かれた二柱─大綿津見は眉をひそめ、大山祇は顔をこわばらせた。


「大国主様、お久しぶりでございます。そして、お初にお目にかかります、葛葉姫。」

 重い空気を感じ取り、大山祇の傍らに控えていた木花咲耶姫コノハナサクヤヒメが少しの間を置いて言葉を繋いだ。

「はじめまして、木花咲耶さん。全然似てないんだね、お姉さんと。」

「姉は表情を作るのが苦手だから…ごめんなさいね。」

 木花咲耶姫は柔和な笑みを湛えつつ、具体的に何に対しての謝罪かは触れずに言葉を返した。

「ううん、私もまだまだだな、って。でも、次に会ったらあのおばさん、絶対に殺してあげるから。」


「…お二人とも挨拶はそのあたりでよろしいでしょう。皆さま、此度のこと、大和殿の話を始めましょうぞ。」

 木花咲耶姫の笑みが少しひきつったのを認めた塩土老翁が割って入る。そして、思っていた以上に胃の痛む話し合いになりそうだ、と深く息を吐いた。


 話し合いに集まった神は大国主、大綿津見、大山祇の三柱。それぞれに葛葉姫、塩土老翁シオツチノオジ、木花咲耶姫が付き添っている。


葛葉姫と木花咲耶姫とは異なり、塩土老翁は大綿津見と親子関係にはなく、大和を大綿津見の娘の夫に…と薦めてしまったため、大綿津見にこの場に連れてこられたのだ。しかし、大綿津見・大山祇のそれぞれともと兄弟関係にもあり、ひときわ微妙な立ち位置に居た。その微妙な立ち位置故に、ともすれば神同士のリアルバトルに発展しかねないこの話し合いにおいて、最も冷静でいられるであろう参加者も彼であった。そして、もし戦争が始まってしまったとしたら、一番とばっちりを食らうのも彼であろうことは明白だった。



「うむ…では堀 大和のことだが…大綿津見が彼に手をつけたのはつい最近だと聞く。ここは最も早く契約された、産まれる前の木花咲耶姫の約束が最優先されるのが筋であろう。」

 大山祇が言った。


「いや、大山祇よ。わしらが助けなければ大和は死んでいたのだ。だから大和の命は実質わしのものよ。わしの娘と結ばれるのが正当よ。」

 大綿津見も引き下がらない。


「まあ待て。大山祇の娘はざっと180万歳、大綿津見の娘はざっと150万歳。対して、問題の大和は16歳。歳の差が開きすぎておるとは思わぬか。ここは同い年の我が孫娘葛葉がお似合いであろう。」

「だよね!」

「加えて二人は愛し合っていると聞く。愛し合っている二人は結ばれるべきだと我は思うのだ。我も苦労したことがあるからなおさら、な。」

「さすがおじいちゃん!」


「年が離れているからこそもう後がないのだ!…木花咲耶が結婚してからというもの仲の良かった姉妹仲も疎遠になってしまった。いい加減娘には幸せになってほしいのだ。」

「落ち着いてくださいお父様。大和さんと葛葉姫さんが愛し合っているという情報はガセです。そんな事実はありません。」

「うむ…大国主殿、ソースは。」

「葛葉が言っておった。」

「うん。」


「…話にならんな。じゃあ吾輩も磐長と大和が愛し合っていると聞いたことにするわい。」

「わしも小玉と大和が愛し合っていると聞いたことがない気もしないぞ!」

 あまりの低次元の言い争いに塩土老翁と木花咲耶姫が溜息をついた。


「お三柱とも、大和殿を譲る気はないのですな。」

「ない。」

「ない。」

「そもそも行き遅れのブスと評判の女神と、社会性の欠如した引きこもりの家庭内暴力女神を無理に結婚させるのは縁結びの神としては、大和が不憫でとても認められぬわ。」


 ガタッ

「お父様!!…落ち着いてください。」

 大国主の暴言に思わず席を立った大山祇を、木花咲耶が急いでたしなめた。

…一方の大綿津見は腕組みをし、ただ机の一点を見つめ、じっとしていた。大綿津見も常日頃から感じていたことだった。「社会性の欠如した引きこもりの精神年齢が低い家庭内暴力娘と結婚する男はなんて不憫なのだろう」…と。


「何か公平な方法で決められると良いのですがな…。」

「公平な方法か…うむ、我に妙案があるぞ。」

 何かと積極的に発言する大国主に、大綿津見も大山祇も顔をしかめた。


「…一応、お伺いしますが、本当に『公平な』方法なのでしょうな、大国主殿。」

「心配するな。公平も公平よ。世間で当たると評判の神アプリの出雲縁結び相性診断に、それぞの娘と大和の相性を診断させるのよ。これならアプリが判断するから公平じゃろう?」


 その提案に大綿津見と塩土老翁は色を失った。

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