第11話 ラグナRock(岩)

ガキンッ!


「大和っ!おぬし…。」

 俺は反射的に飛び出し、オタマとマーちゃんに覆いかぶさり、そして、クズハの剣を弾いた。いや、正確には『弾いてもらった』。

「イワナガヒメさんが守護してくれている俺なら、クズハの剣を防げるはずだからな。」


「大和…あなた、今…。」

 しかし危機が去ったわけではない。イワナガヒメさんは「クズハの斬撃を何度かは防げる」と言っていた。ならば今、剣を片手に俺を見降ろしている状態にあるクズハにこのまま滅多切りにされてしまうと、「いずれ守護を破壊されてしまう」という裏返しの言葉でもあった。正直後のことは考えていなかった。


「大和がクズハのこと名前で呼んでくれた!!うれしい!!」

「!?」

 変なところで感激されてしまった。しかしこれは神が与えたもうた説得チャンスかもしれない。


「クズハ落ち着け…えーと…争いは何も生まない…どっかの名言だと、『剣を鍬に』とかなんとか…」

「今好きって言った!?クズハの剣を好きって言った!?」

「いや言ったけど言ってない!その好きじゃない!」

「大和!それは旧約聖書の言葉だ!神道の神様には通じないぞ!」

 父さん、通じないどころか変な解釈をされているよ…。


「うれしいなぁ…絶対に、殺さなきゃ…だね…。」

 説得失敗。クズハは殺る気だ。握っていた剣を逆手に持ち替え、両手で剣を握りしめ、力任せに切っ先をガツガツと叩きつけてきた。


ガキィン!バチッ!ガシッ!


 クズハはまるで氷を巨大なアイスピックで削るかのように何度も鋭い剣先を打ち付けてくる。これをまともに食らったら、さぞ無惨な死にざまになることだろう。


「あはは、はっ、もうすぐ、もうすぐ殺してあげられるからね!」


「そこまでです!」

 今まで解説ポジションに居たイワナガヒメさんが声を張り上げた。


「それ以上、私の旦那様とかわいい従兄弟を害することは許しません。」

「おばさん誰…?あなたは要らない…でもクズハと大和の仲を邪魔をするなら殺すし…。」

「私を殺す、ですか。面白い冗談です。」

「面白く、ないなぁ…。本当、ムカつくよ…。」


「クズハちゃん!女の子がそんな言葉使っちゃいけませんって何度も言ってるでしょう…。」

 殺すは良くて、ムカつくはダメなのか母さん…。

「瑞穂おかーさん…ごめんね…でもね…大和はさっき、ありのままのクズハが好きだよ、愛してるって言ってくれたし…その2人の仲を邪魔するのって本当ムカつくよね…。」

「それは本当に言ってない!」


「いい加減になさい、根の国の姫。その性根、お母様に代わり私が叩き直して差し上げます。」


「…ふっ!」

 クズハはイワナガヒメさんの声に振り向くと、一気に距離を詰め、駆け寄った勢いと全身のバネを使って力いっぱいに斬りかかった。…が、やはり剣はイワナガヒメさんに届かず弾かれてしまう。


 クズハは弾かれた勢いを生かし、放り投げられた猫のように一足飛びに距離を取る。

「ふふ。今の一撃で剣は無駄だと悟り距離を取りましたか…やはりあなたは戦の天才…ですが、あなたが私に勝てる要素はありません。諦めなさい。」


「黄泉軍・鉾!」

 着地すると同時にクズハが床に手をつくと、床から無数の剣が生えイワナガヒメさんに襲い掛かった。

 しかし、光の壁に遮られ、襲い掛かった剣の方が脆いクッキーのように崩れ折れてしまう。そして、イワナガヒメさんはゆっくりと、剣の生える床を何もない平野を行くようにクズハの方に歩み寄って行った。


「…攻撃が効かないのは厄介かも…でもあなたは摩伽羅ちゃんに乗ってないから、機動力ならクズハの方が上!」

 タンタンッと踊るようにステップを踏み、横に回り込んでそのまま体重を乗せて斬りかかり、ヒット&アウェーを繰り返す…が、やはりその攻撃もことごとく弾かれてしまう。


「確かに私に素早い動きはできません、ですが…あなたが言ったのですよ。」

 攻撃を弾かれるうちに、クズハはいつの間にか部屋の隅に追いつめられていた。まるで、コーナーポストに追い込まれたボクサーのように。クズハの顔に先ほどまでの余裕や狂気の笑みはない。

「屋内で機動力は生かせない、と。」


「あなたは私の絶対的防御を突破できる手段はない。そして、私には絶対的な火力があります。」

 イワナガヒメさんが右手を握りこむと、その手を岩が包み込み、右腕に巨大な岩の手甲ができあがった。

「あなたがいかに戦いの才能を持っていたとしても、神性、年期、攻撃、防御、そのすべてにおいて私はあなたの上を行きます。逃げ場はありません。あなたがご自身で潰したのですから。あなたが行くべき場所はただ一つ。」


「お還りなさい、あなたの居るべき場所、幽冥界へ。」

 それはすなわち死ね、ということだろう。いや、言葉に出さずとも全身から発せられている強烈なプレッシャーが雄弁に物語っていた。


 ─────


 誰もが息を飲んだその瞬間、アッパー気味に振り上げられたイワナガヒメさんの巨大な拳は一筋の流星となり、神剣のガードごとクズハをまっすぐに打ち抜き、衝撃波を伴いクズハを遥か彼方に吹っ飛ばした。


 我が家は崩壊した。

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