第10話 単調な攻撃と複雑な乙女心

 それからひたすらに飛び道具合戦が続き、戦いは膠着していた。

 オタマが水の術で攻撃してもクズハに捌かれてしまうし、クズハの攻撃もマーちゃんが危なげなく回避してしまう。


「互角か…。」

「いえ、大和様。このままではオタマちゃんが不利です。あの娘の攻撃は一撃でも被弾すれば勝負が決まるほどの破壊力、対してオタマちゃんの攻撃にその威力はなく、攻撃も単調です。」

 確かに、家の被害状況を見れば一目瞭然だった。壁や床の大穴はもれなくクズハの攻撃で空けられたものだからだ。同時に、これから先この家をどうすれば良いのか…と気分が落ち込んでくる。


「ぐぬぬ…小癪な小娘なのじゃ…。」

「そっちもね。でも、そろそろ終わりにしようかなぁ。」

「ふふん、まだわらわにかすり傷一つ負わせられていないのに、よくもそのような大口を叩くもなのじゃの。」


「確かにその摩伽羅ちゃんの機動力は厄介…でもね、機動力は潰してしまえば良いだけの話。簡単だよ。」

 クズハはそう言うと、目を閉じ祝詞を唱え始めた。


「開けっ!黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)!」

 クズハがパン!と大きく手を打つと、あたりの床、クズハの周囲2メートルほどに、大穴が開いたかのような暗闇のサークルが出現した。


「黄泉比良坂とは現世と幽冥界の境界にある坂のことですね。」

「ええ、そうです。あの娘は先の呪いで、幽冥界との境界をここ、大和様の家に強引につなげたのでしょう。オタマちゃん、あの暗闇の円からは何が出てくるか、どのような攻撃がされるかわかりません。気を付けてください。」


「ふむ…特に体には何も影響がなさそうじゃが…。虚仮威しじゃな。」

「…出ておいで…黄泉軍(ヨモツイクサ)・不浄の手!」

 クズハが手のひらを床につくと、床のサークルから無数の薄黒い手が生え、オタマ&マーちゃんに襲い掛かった。


「やだー!気持ち悪い!」

 その手を見てぱせりが叫ぶ。一方で、この前海で溺れた時に、確かあの手を見たような気がしたことを俺は思い出していた。


「まずいぞ、マーちゃん影分身じゃ!」

「メ、メ~!?」

 その咄嗟のオタマの指示に、そんな技は知らないとばかりにマーちゃんが騎乗している主の顔を振り返った。

 否や、逃げ道をふさぐように背面を除く四方八方から襲い掛かった無数の手に絡め捕られてしまった。


「まずい、イワナガヒメさん!オタマに勝機はないんですか!?」

「…ないわけではありません、ですが…。」

「それは一体!?」

「オタマちゃんが持つ神性を解放し、人の姿を捨て本来のあるべき姿…海神の一族の姿を顕すことです。」

「じゃあその力を使えば!!」

「…海神の一族の姿に戻れば、即席でつなげた境界から出でたあの程度の穢れを祓うことは易いでしょう。…ですが、オタマちゃんはその力を使うことはしないでしょう…。」

「どうして!?」

「この真剣勝負です。その力を使うのであれば既に使っているはずなのです。なにせ綿津見ワタツミ伯父さまとの親子喧嘩ですら、いつもは本来の姿に戻って殴り合い噛み付き合いをしているのですから。」

「えっ…そんなにしょうもない場でその力を使ってるの…。」

「親子喧嘩のたびに余波で海が荒れて漁師さんが困るそうです。」


「オタマー!!よくわからないけど本当の姿の力を使えーっ!やられちゃうぞーっ!」

「大和様!やめてあげてください…。あの子は力を使う気はないのです。」

「どうして…?」


 イワナガヒメさんが、少し、言いよどんだ。

「…あの子は、きっと、大和様に嫌われたくないのです。」

「…そんな…こと。」

 そういえば、オタマのお姉さんは本来の姿を見られてしまい、家に戻ったと言っていた。…だから、オタマも…。


 そうこう言っているうちに、絡みつく無数の手から何とか逃れようともがいていたマーちゃんもついに力尽き、成すすべなく背中のオタマもろとも床に叩きつけられ、羽交い絞めにされてしまった。


「はい、摩伽羅ちゃん自慢の機動力も潰したし、あと一手で詰みだね。戦いが終わっちゃうのは寂しいけど、クズハは命を奪うこの時間が一番好き。だから、精いっぱい足掻いてその瞬間をできるだけ長く、楽しませてね?」

 クズハが神剣を片手に名残を惜しむかのようにゆっくりと歩み寄る。しかし、無数の手に羽交い絞めにされたオタマとマーちゃんは身じろぎすることしかできない。


「残念、楽しい時間はもうおしまい。さようなら、わにちゃん。」

 クズハはオタマとマーちゃんの目の前に立ち、ゆっくりと神剣を振り上げた。

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