第9話 のじゃ道は蛇
「喰らうがよい!水蛇の術!」
オタマが奇妙な印を結ぶと、水が生まれ、それが蛇の形を成しクズハに襲い掛かった。
「水の無いところでこのレベルの水術を…。やりますねオタマちゃん。」
イワナガヒメさんが無表情で感心している。
「甘いよっ!」
しかし、クズハが舞を舞うかのように数回ひらひらと剣を振るうと、オタマの水蛇は簡単に捌かれ、霧消してしまった。
「なんじゃと!?わらわの水蛇の術がこんなにもたやすく…。」
「うん、この剣、蛇が大好きみたい。あなたの蛇くんそれほど悪くない子だと思うよ、でもね、簡単に斬り裂けちゃった。すごいねこの剣。」
「むぅ…もしやあの剣は…。」
「知っているのか父さん!ていうかぱせりを連れて避難してくれ父さん!」
「いや、考古学を研究する者としてこんな場面を見逃すことはできないさ!あの刃こぼれ、あの刀身の長さからして、あれはおそらく天羽々斬(アメノハバキリ)。日本神話でスサノオがヤマタノオロチを斬ったとされている神剣の一振りだ。あれがもし天羽々斬であれば、あの刃こぼれはヤマタノオロチの尾を斬った時に尾の中にあった天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)に当たった時にできたものだろう。いやぁ、この目で見られるとは!」
父さんって自分の分野の話になると早口になるの気持ち悪いよな…。しかしスサノオのヤマタノオロチ退治の伝説は俺でも知っているくらい有名だ。
「へー、結構すごいんだねこの剣。なんだか得しちゃった。あっ、ちなみに大和を確実に殺せるように玄関は軽く崩壊させてきたから家の外には出られないよ。ごめんね、お父さん。でもお父さんも一緒に殺した方が瑞穂おかーさんも喜ぶだろうから巻き添えで死んじゃってもいいよね。」
「全然良くない!父さんもぱせりもできるだけ下がってて!」
「ふむ…。先の瑞穂の話と、ひいお爺さんの剣が天羽々斬という話を総合して推察すると、その子…クズハちゃんはスサノオの武の力と、呪術の神でもある大国主のまじないの力を併せ持ち、更には神剣を操る高貴なる過積載のハイブリッドな女の子かもしれないぞ。オタマちゃん、だったかな…気を付けた方がいい。」
「わかったのじゃ!助言感謝するぞ父上殿。マーちゃん、あの剣は危険そうじゃ。できるだけ距離をとって戦うのじゃ!」
「メ~!」
「クズハは直接切り刻むのが好きだけど、中間距離戦も遠距離戦も得意なんだよ。さっきの蛇ちゃんのお返しをしてあげるね…」
そう言うと、クズハは妙なまじないを唱え始め、
「おいで…蛇神(カガチ)ちゃん!」
ダンッと床を強く踏み鳴らすと、それに応えるように彼女の目の前の床が発光し、放電とともに電気の蛇が生まれた。
「むっ!あれはもしや!」
「ええ。おそらく根の国の伊弉冉お婆さまから生まれた八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)の力の一部でしょう。あの年で使いこなすとはやはり天才ですか…。」
「解説ありがとうございます磐長姫様。雷だけに天才と天災がかかっていて実にジョークが効いていますね!」
「ふふふ…。」
それはそれとして、一方で雷の蛇は光を放ちオタマとマーちゃんに襲い掛かっていた。
「避けるのじゃマーちゃん!」
「メ~!」
指示を受けると、マーちゃんは若干気持ち悪い下半身からは想像もつかないスピードで、うねりながら標的を捕らえようと襲い掛かる雷の蛇を難なく回避した。
そして、クズハの放った蛇は壁にぶち当たり、一段と大きな光と音を放ち消えてしまった。
「ああっ!壁が黒焦げに…。」
「ん~…蛇神ちゃんじゃだめかなぁ。じゃあこれならどうかな…お爺ちゃんの三種の神器のひとつ、生弓矢(イクユミヤ)!」
クズハが剣を床に突き刺しながらそう言うと、何もない空中から弓が出てきて、右手から生まれた黒いモヤのような矢をつがえオタマに向け撃ち出した。
「ふふん、たかが一本の矢などマーちゃんの機動力なら他愛ないものじゃ!」
「広がれっ!」
クズハが叫ぶと、撃ち出された黒い矢が全方位にはじけ飛び、散弾となった。
「父さん!ぱせり!…あと母さんもどうなのかはわからないけど危ないっ!」
「ご安心ください大和様。このくらいの威力なら私が同時に守護できます!みなさん私の後ろに!」
「散弾とは小癪な!マーちゃん、こうそくいどうじゃ!」
「メ~!」
「すごいぞマーちゃん…あの散弾をすべて見切っている…。」
マーちゃんは散弾すらも被弾することなく全部かわしてしまった。…一方で部屋の壁はボコボコの穴だらけになってしまい、穴の大きさが一発一発の威力が尋常ではないことを物語っていた。
「諦めるのじゃ。おぬしの攻撃はすべて見切ったのじゃ!」
オタマが自信たっぷりに胸を張った。うん、まあ、オタマの力じゃなくてマーちゃんの力ですけどね。
「むうぅ…なかなかやるなぁ…でも、ちょっと楽しくなってきちゃった。」
「もう勘弁してください…大切な我が家が倒壊してしまいます…。」
「大丈夫ですよ大和様。家が倒壊しても、日本が沈没しても、仮に人が滅亡しても大和様だけは命に代えても私がお守りしますから。」
イワナガヒメさん…こっちもこっちで重い…ヘビーなお方だった。
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