第6話 黄泉の国から ~帰郷~
「大きくなったわね、大和、ぱせり。あなた…苦労をかけてごめんなさい。」
「母さん…どうして…。」
「なに、お盆だから帰ってきたんだろう。おかえり、瑞穂。ゆっくりしていけるのかい?」
「ただいま、あなた…。私の立場上、正確にはお盆とは違うのだけど、この時期にはお暇をいただいて戻ってきているの。私の姿は見えていなかっただろうけれど、それでも家族で過ごしている気持ちにはなれたから…。」
「お母さん…。」
「ぱせり、寂しい思いをさせてしまってごめんなさいね。あなたは小さかったから私のことはあまり覚えてないかもしれないけれど…。」
「覚えてるよ、お母さん…。会いたかったよ…お母さん!」
「ところで母さん…俺の死の定めって…?」
「…ええ、…思い出させたくはないのだけれど、あの事故の日…」
「あの事故」とは母さんが死んだ事故のことだろう。
「本当は大和、そしてぱせり。あなたたち2人が死んでしまうはずだったの。」
「えっ。」
あの日のことはよく覚えていない。だけど、今でもたまに「首都圏に○年ぶりの大雪か?」と話題に上がることがある、そんな大雪の日だった。俺は小学1年生、ぱせりは幼稚園に入ったばかりだった。
「確か、大雪の日に俺たち3人が乗っていたバスが横転して、そこに車が突っ込んできたんだ。」
後になってそう聞いた。俺とぱせりは意識を失ったものの奇跡的に無傷。ただ、母さんは…。
「無事だったのは母さんの方だったの。あなたたち2人は…とてもひどい状態だったわ…。だから、必死に神様に祈ったの。『子どもたちを助けて』って…。」
『諦めよ。その子らはもう死ぬ。』
「あなたは…。」
『我は幽冥界の主、大国主(オオクニヌシ)。その子らにはじきに迎えが来る。』
「この子たちは…どうなってしまうのですか…。」
『お前たちの死生観で言うならば、おそらくは親よりも先に死ぬ不孝により賽の河原と呼ばれる場所で苦を受けるのであろうな。』
「そんな…この子たちは何も悪いことなどしていないのに…なんで苦しむような…そんなことに…。あんまりです…神様…。」
『なぜ我がお前の前に姿を現したと思う。』
「えっ…。」
『救ってやらぬこともない。その子らをな。』
「お願いします!私にできることなら何でもします!」
『うむ。しかし契約を成すにはお前が我の提示する条件を正しく理解し、そのうえで同意をせねばならぬ。まずは聞くがよい。』
「はい…。よろしくお願いします。」
『我の舅がイヤな奴でのう。』
「…?」
『舅とは言っても一応我の先祖にあたる奴でもあるようなのだが。ああ、我には妻がたくさんいるのだが、これは最初の妻の話だな。』
「はあ…。」
『我が妻と会った時、お互いに一目惚れでのう、すぐに結婚を決めたものだ。いや、あのころのあいつは綺麗だったのだぞ。』
「ええ…。」
『それでな、お互いに結婚しよう!となったらそれはまあ相手の親に挨拶に行くじゃろう?』
「そうですね…。」
『挨拶に行ったらそれがイヤな奴でのう。我を見るなりブ男呼ばわりしてきおったのよ。』
「あの…できれば手短に…。」
『まあ聞け。えーとどこまで話したかのう。そう最初の妻と我は一目惚れでな。』
「あの…奥様のお父様に、その…ブサイク呼ばわりされたところまで聞きました…。」
『ブサイクではない、ブ男呼ばわりだ。ひどい話だろう。』
「ひどいと思います…。」
『それでな、あのクソ舅は蜂とムカデがたくさん居る部屋に我を押し込めたり、自分の頭の虱を我に捕らせようとするなど色々嫌がらせをしてくるわけよ。』
「…」
『さすがに我も頭に来て舅の髪の毛を柱に結んで、妻と奴の宝物を抱えて逃げてやったというわけよ。晴れて愛し合う二人は幸せな家庭を築き、百八十柱にも及ぶ大家族になり繁栄したというわけだ。めでたしめでたし。』
「終わりですか…?」
『いや、本題はこれからぞ。』
「…(今までの話は…?)」
『さて、本題に入るが、…ああ思い出した、話は逸れるが我ら家族が頑張って作り上げた国を高天原の連中が』
「本題を!本題の方をお願いします!」
『そうか?まあよい。さて、6年ほど前に我に久方ぶりの孫が生まれてな。』
「お孫さんですが、おめでとうございます。」
『うむ、久方ぶりの孫はかわいいものでな。…だが成長するにしたがって、どうもあの舅の血が強く出たのか、手に負えぬ暴れ者に育ってしまってな。加えて我の呪力の才も強く受け継がれてしまい、家族と根の国一同手を焼いておるのよ。このままでは根の国が崩壊しかねん。』
『そのため、我は一族と、国と、そして孫の今後のために乳母になり得る者を探しておる。』
「その役を私に、というわけですね。」
『そうだ。子を強く思うお前であれば申し分ないであろう。しかし、引き受けるのであれば、お前を根の国に連れていくことになる。端的に言えば死ぬ、ということだ。故に、強制はせぬ。』
「答えは最初から決まっています。大国主様、そのお役目謹んで、お受けいたします。」
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