第5話 岩のようなあなた
「すごい美人さん!モデルみたい!」
ぱせりが思わず感嘆の声をあげるほどの…ギリシャ神話の女神をモチーフにした大理石の彫刻がそのまま生を受けたような絶世の美女が、物凄いプレッシャーを放ち、そこに立っていた。
「あわわわわわ…」
「メ~!」
あまりの威圧感にあの傲岸不遜なオタマが色を失い俺の後ろに隠れてしまい、マーちゃんにいたっては主人を守ろうと警戒の姿勢をとっている。
「オタマちゃん、久しぶりですね。」
「オタマ、知り合いなのか?」
「いとこの、磐長姫(イワナガヒメ)ねーさまじゃ…めっちゃ怒ってるのじゃ…。」
「別に」
「怒ってなどいませんよ?」
「ひっ!」
すっと彼女が一歩、歩み出るとオタマはおびえて引っ込んでしまった。
「オタマ!謝るんだ!行き遅れブスだの馬の骨だの泥撃棒猫だの言ったことを!」
「最後のは言ってないのじゃ!…磐長ねーさま、ごめんなさいなのじゃ…どうか勘弁してほしいのじゃ…。」
「…ですから」
「怒ってなどいませんよ?」
こわい。目鼻が整った美人なだけに一言一言に重いドスがきいている。体の小さいオタマからすれば、モデルのように背が高いイワナガヒメに見降ろされる形になり、なおさら怖いのだろう。
「久しぶりに会ったのですから、仲良くしましょう。にこり。」
にこり、と口で言ってはいるが、全く顔が笑っていない。オタマの震えが伝わり俺の体まで震えているように思えてくる。なんとかこの空気を打破しないと…
「いやー、醜いと聞いていたけど物凄い美人じゃないか、良かったなぁ大和。」
この緊迫感の中でも全く動じていない父さんとぱせりはやっぱり親子だなぁとしみじみ思う。
「美人…?そんなことは、ありませんよ。」
「美人だよ!イワナガさんがそんなこと言ったら嫌味に聞こえちゃうよ!」
「そうですか…?もじもじ。」
何か、違和感がある。口でもじもじ、と言っているのに表情が全く変わっていない。
「…もしかして、イワナガヒメさんは、表情を作るのが苦手なだけなのでは…?」
「はい、大和様の仰る通りです。私は妹と違い気持ちを顔に出すのが生まれつき苦手なのです。ですから本来夫になる方にも『岩のようだ』と言われてしまいました…。がっくり。」
「ひどい話だねー。」
いや、失礼な話だが、確かに表情から一切気持ちを読むことができないというのはキツイかもしれない…。ともあれ
「というわけだ。オタマ、怒ってないってさ。」
「…本当かの…?」
「オタマちゃんには初めて会った時にも、わんわん泣かれてしまいましたね。」
「ひっ…ごめんなさいなのじゃ…。」
「謝ることではありませんよ、自覚がありますからね。」
これをきっかけに従兄弟の2人が仲良くなってくれれば良いものだ。
「ところでなんでイワナガさんはうちに居るの?」
「はい、実は」
「最近、大和様に強力な死の定めが迫ってきているのを感じ、しばらく前から直接、私が大和様の守護をしていたのです。」
「マジか。」
「…そういえば、この前は居眠り運転のトラックに突っ込まれたし、暴れドーベルマンに襲われそうになったし、植木鉢が空から降ってきたり、いろいろあったな…。」
「それだけでは、ありません。気が付いていなかったかもしれませんが、家の軒下にスズメバチが巣を作り始めていましたし、通学路に動物園から逃げ出した毒蛇が潜んでいたり、街路樹の植え込みに落とし物の手榴弾が落ちていたりと、様々な身の危険が大和様に迫っていたのです。」
「えっ、お兄ちゃん気が付いてた!?」
「ぱせりさん、ご安心ください。スズメバチの巣は私が駆除しておきましたし、毒蛇は捕まえてこっそり動物園に戻しておきました。手榴弾も落とし主のところに届けておきましたよ。」
…この前、ヤクザの事務所で不可解な爆発が起きたってニュースがあったな。
「ほかにも、先日大和様がスーパーで牛乳を買い忘れていらしたのでこっそりカゴに入れておきました。」
「そういえば入れた覚えのない牛乳がいつの間にか入ってて助かったな…。」
「一昨日夏休みで気持ちよさそうに寝坊していらしたので、ゴミ収集車の通行が遅れるように行く手にレアポケモンをばら撒いて足止めをしておきました。」
「そこは起こしてくれるだけでいいんじゃ…。」
「あとは、毎週大和様が乗る電車の車両の網棚にジャンプを置いていたのも私です。」
「道理で毎週ジャンプが網棚に放置されてたわけだ…っていうかそんなことまでしなくていいですよ!?」
「先週は合併号でお休みだったのに気が付かず、間違えてグランドジャンプを買ってしまいました。」
「結構面白かったですよ。」
「お兄ちゃん…網棚の雑誌を読む人なんだ…。」
妹にひかれてしまった。どうやらイワナガヒメさんはかなり重い人…いや、神様らしい。
「ふむ、海で溺れ死にそうになっていたのも、その死の定めという奴なのじゃな。」
「ええ、海の中は私の守護が届きにくいので、危ないところでした。塩土様が助けていなければ、本当に死んでいたかもしれません。ですが、綿津見伯父様が下された鹽乾の玉は水の災いを遠ざけるので、その玉を身につけていれば、安心ですよ。」
「しかし一体なんでこんなことに…。」
「それは私にもわかりません。ですが、何か良からぬ力が働いていることは間違いありません。」
「そのことについては私から説明しますね。」
唐突に懐かしい声が話に割り込んだ。その声は…
「瑞穂!」「母さん!?」
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