第4話 生まれてきてくれてありがとう

 父さんは考古学の専門家だ。日本中を飛び回っていて、家に帰ることは少ない。父さんが家族に対して薄情なわけじゃない。むしろ逆だ。

 俺が小学生、ぱせりが幼稚園の時に母さんは交通事故で死んだ。それから俺が一人で身の回りのことをできるようになるまで、父さんは仕事を捨てて俺たちの世話をしてくれた。俺たちが寂しがることがないよう、母さんの分まで精いっぱい面倒を見てくれた。自分のやりたいことを捨ててまで。

 だから、俺とぱせりは父さんに恩返しをしなければいけない、俺たちの世話をしていた時にできなかった分まで、やりたいことをやらせてあげたい。大好きな考古学に打ち込んでもらいたい。兄妹でそう決めたのだ。


「お父さん説明!」

ぱせりの一言で現実に引き戻された。こんなつらい現実になど戻ってきたくはないのに。


「そうだね、詳しい経緯を話そうか。あれは大和がまだ母さんのお腹の中に居た頃の話だ。」

「ちょっと待ってくれ、俺の許嫁の話なのに俺生まれてないのか。」

「ああ、そもそも大和はこの世に生まれてこられなかったかもしれなかったんだ。母さんの体があまり強くなかったのはお前も知っているだろう。…初産の母さんはかなり体に負担がかかって…このままでは母子ともに危ないと、赤ちゃん…大和を諦めることも考えるように言われたよ。」


「僕は悩んだ。母さんも、大和もどちらも失いたくなかったからね。藁にもすがる思いで神様に祈ったよ。すると、不思議なことが起こったんだ。」



 病院で頭を抱えていると、目の前に美しい女性が立っていた。

「あなたは先日安産祈願のお守りを買いに富士山に登り、8合目にたどり着いたところで無様にも高山病で力尽き、行きずりの登山家に泣きついて代わりに山頂の神社のお守りを買いに行ってもらった方ですね。」

「は、はい…そうですが…なぜそのことを…。」

「あまりにも必死に懇願なさっていたので、あなたのことははっきりと覚えていますよ。私は木花咲耶(コノハナサクヤ)。」

「木花咲耶姫…!このお守りの…お願いします!妻を…お腹の中の息子を守ってください!」

「…残念ですが、お腹の中の赤ちゃんは死の定めにあります。出産を守護する神の私でも、この死の定めを覆すことは叶いません。酷なことですが、奥様を愛しているのであれば、赤ちゃんは諦めるほかありません…。」

「そんな…そんなことって…。」


「…一つだけ、助ける方法があります。ですが…」

「教えてください!私にできることは何でもします!」

「…生命と寿命を守護する私の姉の力を借りるのです。」

「どうすれば良いのですか!?」

「姉は…私の夫に嫁ぐはずだったのですが…その…夫が…姉のことを『岩のようで醜い』とひどいことを言って追い返してしまって…それから180万年ほど………結婚できずにいるのです。」

「はい。それで。」

「生まれてくる赤ちゃんが頼もしい青年に育ったら、姉と結婚させてください。」

「わかりました!」



「ちょっ!ちょっとちょっと!わかっちゃったの!?」

「すまない大和…でも、父さんはどんな形でも、おまえに父さんと母さんの子としてこの世に生まれてきて欲しかったんだ…。」

「父さん…ごめん、ありがとう。父さんは俺のことを大切に考えて、そうしてくれたんだもんな…。」

「そういうわけで大和、お前には決められた人が居るんだ。いままで秘密にしていて…勝手にこんなことを決めて本当にすまないと思っている…。」


 父さんがこの決断をしていなければ、俺は今ここにはいなかったんだ。だから、これ以上父さんを責める気にはなれなかった。

 ……あっ、そういえば浮気をしたら殺すと言っていた見た目幼女の行き遅れは…


「ぐすっ、ひっく…良い話じゃのう…なんて子ども想いのできた親父殿じゃ…わらわの親父などかよわい娘を家から追い出したというのに…えぐっえぐっ」

 なんか感動して泣いていた。


「オタマちゃん、鼻水出てるよ。ほらティッシュ。」

「すまぬぱせりよズビー……じゃが親父殿!結婚は当人同士の気持ちが大切なのじゃぞ!気持ちの通じ合っていない大和とどこぞの馬の骨とも知れん行き遅れブスとの結婚なぞわらわが認めぬからな!」

「うーん…それはそうなんだけど、約束しちゃったからなぁ…。言われちゃったし、約束を破ると…。」

「約束を破ると?」

「富士山を噴火させるって。」

「富士山を。」

「わりと大惨事だね!」

 いや、かなりの大惨事だろ…。


「ふふん、まあ、この場にいないブスは不戦敗ということで戦わずして負け、ということじゃな!」

 なに言ってるんだろうこの子。


「私はここにいますよ。」

 本当になに言って…えっ


「なぬーーーーーー!!!!おぬしはーーーーーーっ!!!!」

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