第2話
「どう?」
「どうって?」
「世の中の経済なんて、所詮はこのような縮図の中に収まってしまうと思わない? 『かめ』がこの星で、『みつ』が資源、『きれいないし』は貨幣で、『たぬき』と『きつね』は私たち。好況と不況の違いなんて、石と蜜との交換が活発なときは景気が良くて、停滞しているときは景気が悪いという、ただそれだけのことでしょう? かめの中の蜜は減る一方なのに、たぬきときつねはまだたくさんあるから大丈夫だと蜜の残量には目もくれないで、ただひたすらに自分の利益になることしか考えていない。こうして、たぬきときつねの取引は蜜という資源がゼロになるまで終わることはないの。どう? こう考えてみると、景気の良し悪しで一喜一憂して果てはこうして戦争まで繰り広げてしまう私たちが、ひどく滑稽に思えてはこない?」
「ふむ……」
これは私が常々思い、考えを巡らせている問題なのですが、肝心の聞き手である彼はどうも納得がいかないようです。こうしてわざわざ童話調にして長々と語ってみたというのに……これでは寝る間を惜しんで励んだこの作り話が無駄になるというものでした。もう少し何かリアクションというものがあっても良いのではないでしょうか。少しムッとします。一回頬を膨らませて、不満の態度に表してみましょうか?
と、ここで今まで何やら考え事らしきものをしていた彼が、口元から手を離してようやく口を開きました。
「確かに今の経済は複雑化して政府でさえ手に負えなくなっているかもしれないけど、それを分かりやすく伝えようとしてキャラクターをたぬきときつねの二匹にしたのには、僕は反対かな」
「どうして?」
「だってそうだろう。二者間で行われる交換は、さっき君が言っていた通りにただの取引でしかないんだ。たぬきときつねだけで世界が閉じていて、第三者というものがどこにも存在しないじゃないか」
「私はただ、世の中で実際に起こっている出来事を単純化しただけよ。二者間の取引なんてどこでも行われている、それこそ大昔に生まれた原初の経済形体じゃない。私にはあなたの言うことがよく分からないわ」
「そうじゃないんだ。確かに二者間での取引は経済の基本に当たるけど、今僕たちが四苦八苦してどうにか良い方向、安定成長に向かわせようとしている経済は、二者間なんてとんでもない、多種多様な見解と思惑を内包して回っているんだ。君の話の中で取引をしたたぬきときつねは物々交換で、しかも知り合いの中でのものだ。同情や話し合いで確かにある程度の経済活動は出来るかもしれない。しかしそこに偶然名前も知らないうさぎやいぬが現れたら? 関係はより多角的になって、たぬきときつねは満足する結果を得るためにかなりの苦労をすることになるだろう。つまり、君のたとえ話はA、B、Cが三竦みの状態にあって停滞している戦場を見て、『単純化すればAとBが戦っているだけなのだから、簡単じゃない』といったような、痛快なまでに的外れなものなんだよ」
「ぬぅ……」
言い返すことが出来ません。彼の口調は大変腹立たしく甚だしいのですが、ここで感情的になってしまってはそれこそ本当の意味で負けたことになってしまいます。ここは我慢の時でした。
「そもそも経済は様々な立場にいる人間を統べて、最大多数の幸福を目指すべきものであるはずだ。その様々な立場にいる人間を単純化という名目でたとえ話から消し去ってしまっては、何も残らないだろう?」
彼は立ち上がって伸びをします。
「最大多数の幸福……」
私は彼の言葉を反芻します。
最大多数……多くの人の、幸せ。
そういえばあの後、たぬきときつねの二匹は幸せになれたのでしょうか?
彼に聞いてみました。
「さあ。その結末を決める、もしくは考えるのは君の役目だ。僕が与えるべきものじゃない。まあ、個人的な願望や解釈では、幸せになってもらいたいけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます