人間讃歌

桜人

プロローグ

―ハロー、紀元三三世紀を生きる諸君。西暦はもう廃止されてしまったかな? このメッセージを残している私は二〇世紀の人間で、現在はこの西暦が、年を数えるのに広く用いられている。生憎これ以外の数え方を詳しく知らなくてね、このまま話を進めさせてもらう。

 さて、私はただ何となくで、千年以上未来の世界にタイムカプセルを送っているわけじゃない。私は今、世界の頂点に立つものとして、諸君らに警告を、そして謝罪をするためにこれを用意しているのだ。

 一九七六年、我々はある星を発見した。いや、我々という言葉を人類全体と捉えるのであれば、再発見ということになるのだろう。まあいい。

 惑星ニビル。太陽系惑星の最果てと言われている冥王星よりも更に遠い、第一二番目の惑星だ。一二番目と言われて違和感を覚える方もいるだろう。水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、そしてニビル。どう数えても一〇個しかない。だがここでは便宜上、太陽と月とを加えて、ニビルを一二番目の惑星と呼称することにする。理由は後述する。

 ニビルはかなり極端な楕円軌道を描いている。三六〇〇年の公転周期で、最も遠い時はざっと太陽から一五〇〇天文単位、最も近い時はなんと火星と木星との間に位置する小惑星帯付近までやって来るのだ。

 このメッセージを受け取っている君たちは、そろそろ疑問に思ってくる頃かもしれない。自分たちはそんな惑星、聞いたことはおろか見たことさえないぞ、とね。

 その理由は、君たちの千年以上前の先祖たちである我々が、その惑星ニビルについての情報を執拗なまでに抹消してしまったからだ。ニビルについての研究文書はもちろん、その他様々なデータを。そしてニビルの重力が影響で引き起こされる、冥王星や海王星などの他の惑星の軌道を僅かにずらしてしまう摂動と呼ばれる天体現象もまた、未来の天文学者たちに発見されないよう、我々は冥王星と海王星、そして木星の軌道観測データを不自然と思われない程度に書き換えた。まあそれでも、実際に望遠鏡でニビル自身が覗かれてしまえば、我々の隠し事はあっさりとバレてしまう程度のものなのだが。

この一連の計画を、我々は『PROJECT ALTERNATIVE(二者択一計画)』と呼んでいる。生きるか死ぬかを選択する計画だ。諸君らがもし私のメッセージを受け、行動してくれるという時にこの名前を引き継いでくれるというのならば、これ以上の幸せはない。

 さて、そろそろ何故我々がこのような、ニビルという惑星の存在を隠すようなことをしたかについて語ろう。なるべくこういうことは短く、そして端的に言ってしまった方が良い。

 率直に言おう、ニビルには宇宙人がいる。そして宇宙人、いや、ニビル人は我々の先祖でもあるのだ。

 待ってくれ。どうかここで読むのを止めないで欲しい。諸君らの呆れ振りはまるで自分のことのように分かる。何故なら私もこの話を聞いた時、手元に置いてあった雑誌を丸めてこのことを私に伝えた部下の頭を叩いてしまったからだ。まったくアイツには気の毒なことをした。後できちんと謝ったよ。

 ニビルを細かく観測した時に、我々はいくつかの人工建造物を発見した。疑いようのない規模でね。

 もう最高にエキサイトってやつだ。一般人はおろか、NASAの最高幹部と政府の最高要人にしか知らされていない事実だったのがその証拠。超ウルトラスペシャルトップシークレット級の大発見だったんだ。

 そして同時期に、ある興味深い研究論文が発表された。その研究者の名はゼカリア・シッチン。オカルト方面では結構有名だったのだが、果たしてその名前は三三世紀にも残っているだろうか?

 彼は、今現在、人類最古といわれているメソポタミア文明の粘土板を独自に翻訳し、研究を進めていた。

 で、だ。

 それによると、彼らメソポタミア人は自らを、惑星ニビルに住む『アヌンナキ』なる者と、当時地球にいた猿人とを交配して作られた存在だと認識していたのだ!

 何ということだろう! もしこれが本当だというのなら、彼らは我々人類の祖先ということになる。異星人の存在は空を見上げるまでもなく、既に我々の体に刻み込まれていたのだ。

 そしてそれが正しいことの証拠に、粘土板に記されていたというニビルについての記述は、恐ろしいほど正確だった。その周期から質量、赤道半径、地軸の傾きに至るまで……二〇世紀の粋を集めた技術をもってようやく観測ができた情報を、彼らは望遠鏡も何も無い時代から既に知っていたというのだ。しかもこの論文が発表された頃、ニビルについての詳しい観測データはまだ公開されていなかった。シッチンが粘土板を偽造して嘘をでっち上げたという疑惑は、まずあり得ないと言っていい。

 先ほど、私がニビルを第一二番目の惑星と呼んだのを覚えているだろうか。それは、メソポタミア人が当時、惑星の定義に太陽と月をも入れていたことが理由だ。太陽、月、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、そして一二番目にニビル。我々もこれにならって、ニビルを一二番目の惑星と呼ぶことにしているというわけだ。

 その粘土板によると、ニビル人、つまりアヌンナキは、資源の採取が目的で地球に降り立ったらしい。具体的には金だ。そしてその労働力として、彼らは言葉が通じる程度の知的生命体を作ろうとした。その結果、今の我々が誕生したというのだ。ゾッとする話だろう?

 これを世界に公表してはならない。私はそう考えた。だってそうだろう? こんな話を聞いたら、下手したら人類は混乱どころの話じゃなく、真面目な話として滅亡の危機に陥るかもしれない。

 だから私はこの事実を隠蔽した。専門家たちを呼び、ありとあらゆる方面からシッチンの論文を糾弾させた。彼が嘘つき呼ばわりされるまでね。そして『PROJECT ALTERNATIVE』を発動して、ニビルの存在そのものを人類史から抹消した。

 だから、私は三三世紀を生きる君たちに謝りたいのだ。私はニビルについての問題を隠して、先送りしてしまったとんだ臆病者だ。何と言われようと、甘んじて受け入れよう。

 私はこのメッセージを、当時存在する世界中全ての国の首都、その地下に埋めた。ニビルが小惑星帯にまで近づいてくる三〇年前、具体的には紀元三二五四年の三〇年前、紀元三二二四年に、それらは一斉に爆発を起こして、カプセルが地上に現れるようになっている。

 これをどう取るかは君たちの自由だ。無視を決め込んでもいいし、アヌンナキと徹底抗戦しても構わない。服従という道だってあるし、もしかしたらアヌンナキとの対話も可能かもしれない。

 個人的には、最後に人類が笑っている結末を見たいがね。

 メッセージは以上だ。カプセルの中には、ニビルやアヌンナキについてのもっと細かな情報が入っている。詳しくはそれらを参照してくれ。

 私はもう神には祈れない。何故ならアヌンナキという具体的で絶対的な存在を私は知ってしまったからね。今まで私の中に存在していた神は死んだのさ。

 だから、私は人類の未来に祈ろうとしよう。

 人に、未来に、幸福があらんことを。

            一九七八年 アメリカ合衆国第三九代大統領

                        ジミー・カーター



 と、ここまで読み終えて、俺、リック・ウィンドウズは頭を抱えた。

 今日は大切な妹と俺の誕生日で、確かに何か金になるものをと考えてはいたが、さすがにこれは予想外だった。いかんせん千年以上前の文章なので、所々によく分からない箇所が見られたが、もしこれに書かれていることが本当ならば、これを偶然にも発見してしまった俺は、一体どうなってしまうというのだろう。

 人間一人分の体重に近い重量を誇る、放射線反射用防護装置、通称『鉛服』の中で俺は溜息をつく。地上資源調達員という、ある種お宝発見じみたこの職業だが、まさか本当にお宝級のものを見つけてしまうとは、俺も運が良いのか悪いのか分からない。

 どちらにせよ、まずはこのカプセルを持ち帰らなくてはならない。

 俺は鉛服に包まれているこの重たい体を立ち上がらせて、運搬用車両に乗り込む。そして車両に内蔵されているコンピュータに、カプセルを荷台に載せるよう命令した。車両は即座にカプセルを認識すると、車体の中からアームを取り出し、カプセルを掴んでそれを荷台に載せた。

「じゃあ、帰還で」

『了解しました』

 素っ気なく言い放つと、車両は慇懃に自動で帰還を始める。

 俺は仮眠を取ろうと横になった。すると、大統領らしき人物の残したメッセージが思い出される。

 ……。

 まったく、大統領もこうやってメッセージを残すのなら、もう少しマシな方法だってあっただろうに。当時は人間が地上に生きていようとも、第三次世界大戦とか、核兵器とかで、人類が地下に追いやられるなんてことくらい、想像できなかったもんかねえ……

 二〇三二年、資本主義経済が限界に達し、人類は第二の世界恐慌と呼ばれる超長期経済危機に陥る。四月のことだったため、この一連の出来事は俗に『エイプリルショック』と呼ばれ、G7の内、英国、イタリアが破産、経済危機の震源地であった米国も大打撃を受け、先進国向けの輸出品ばかりを生産していた日本も、経済危機の流れによる超円高で瀕死状態という、正に空前絶後の大不況となった。その他BRICsはブラジル、ロシアが崩壊。中国とインドの財政出動も虚しく、先進、新興を問わず全ての国が飢えに苦しむこととなる。

 そして四年後の二〇三六年、第二次世界大戦から約百年の時を経て、三度目の世界大戦が勃発する。

 始まりは崩壊したロシアだった。武力で豊かさを取り戻そうとする主戦派、それに反対する穏健派、それと少数の中立派の三つに国が分かれ、まずは国内で紛争が起こった。加熱するロシアに対して、国連軍は資金不足ですでに機能不全。仲裁が誰もいない中、争いはロシア全土へと広がっていく。そしてロシアの暴走を鎮圧する名目で、とうとうアメリカ軍がロシアへと派遣された。もちろんそれには、眠れる大国ロシアの完全制圧と、軍需拡大によるアメリカ経済の刺激といった目的が裏に隠れていたことは言うまでもない。さすがにロシア国民もそのことについては承知していたのか、はたまた呉越同舟のような利害の一致か、ロシアもロシアでこれには徹底抗戦する。だが、相手は腐っても世界の超大国。アメリカの侵攻にロシアは圧されていき、ついには首都モスクワまでもがアメリカの手に渡りそうになる。

 そこで、ロシアは禁断の兵器に手を出してしまう。

 人間の争いで扱うには手に余る、凶暴で凶悪で強大で巨大な、最低にして最悪の、人類における最大の負の遺産。

 二〇三八年五月一一日、複合型水素爆弾“ツァーリ・ボンバー”が、アメリカ合衆国ニューヨーク州に落とされた。

 死者数二二三万人、以降十年間の放射線による関連死を含めると、総合死者数は五六五万人にも上る。これにより世界経済の中心地が地図上から消滅、不況により起こった出来事が更にその不況を苦しめる結果になったという痛烈な皮肉を笑うことの出来る人間は、当時もはや誰もいなかった。

 民間人の殺傷、それにナガサキ以来封印されてきたはずの、核の軍事利用。アメリカのタガが外れた。

 その後はもう語ることはない。終わることのない核の打ち合いが始まり、気がつけばそこに勝者はなく、ただ焦土だけが目の前に開けていた。放射線を避けるため人類は地下に居住することを余儀なくされ、それから千年以上が経つ。

 今では俺のようにこうして資源調達員にでもならなければ、大多数の人間は晴れ渡る青空を見ることも、照り輝く太陽の光を浴びることも叶わない。

 というのだから当然、いくら大統領が地上に向けてタイムカプセルを放とうと、それに気付くことの出来る人類は誰もいないのだ。

『―ニビルが小惑星帯にまで近づいてくる三〇年前、具体的には紀元三二五四年の三〇年前、紀元三二二四年に、それらは一斉に爆発を起こして、カプセルが地上に現れるようになっている―』

 現在の西暦、紀元三二五二年。

「……あと二年じゃねえか」

 ニビル最接近まで残された時間は、どうしようもなく短かった。


      PROJECT ALTERNATIVE RESTARTS

       TIME LIMIT IS FOR TWO YEARS

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