第十七章 その二 レーアの決断
レーアは、自分の部屋を感慨深そうに見渡していた。
(この部屋、もう戻れないかも知れない。しっかり、目に焼き付けておかないとね)
「お嬢様?」
マーガレットが廊下から声をかけた。レーアはハッとしてドアを開き、
「どうしたの?」
マーガレットはニコニコして、
「はい。たった今、旦那様の秘書の方からお電話がありまして、今晩は旦那様はお帰りになるそうです」
「パパが?」
喜びより恐ろしさを先に感じたレーアは、自分の気持ちに驚いた。彼女は目を伏せて、
「そう。でも、お会いできないわ」
その言葉にマーガレットは目を見開いた。
「どうしてでございますか?」
レーアは作り笑いをして、
「婆やにはまだ話せない……。いいえ、話しても信じてもらえないと思う……」
「は?」
何の事なのかさっぱりわからないマーガレットは、キョトンとした。レーアはドアに近づき、
「じゃあね、婆や。私、この家を出るわ」
「お嬢様!」
レーアはサッと部屋を出て、階段を駆け下りる。そして誰もいないのを確認して、物置に飛び込んだ。そして、箱の蓋をずらして階段に入り、蓋を戻す。彼女は薄暗がりの中、階段を慎重に降りた。
一方マーガレットはレーアが外に出たと勘違いし、庭にいたメイド達にレーアを見なかったか尋ねたが、誰も見ていないと答えた。
「お嬢様……」
マーガレットの目が涙に濡れた。
「一体何があったのですか?」
彼女が真相を知る日は、まだ先である。
レーアは目の前のドアを開いた。そこには、ディバートとリームの他に、カミリアがいて、もう一人男がいた。
「やァ、レーア」
その男は陽気な声でレーアに挨拶した。レーアはビックリして、
「あ、貴方、誰?」
男はナスカート・ラシッドだった。
「俺は、ナスカート・ラシッド。パルチザン隊の隊長さ」
「そう。私は……」
レーアが自己紹介しかけると、ナスカートはニヤリとして、
「知ってるよ。今、君の名前を言ったじゃないか」
「ああ、そうか……」
レーアは苦笑いした。するとナスカートはディバートを見て、
「おいおい、お前も趣味悪いな? こんな栄養失調みたいなガリガリ姉ちゃんが好きなのか?」
レーアは、ナスカートの言った「ガリガリ姉ちゃん」にカチンと来たが、その後の「好きなのか?」にはドキッとした。
(えっ? ディバートってば、私にメロメロ?)
ついニヤケそうになるが、ナスカートの暴言を放置する訳にはいかない。
「ガリガリ姉ちゃんて誰の事よ!?」
レーアはナスカートに詰め寄った。ナスカートはヘラヘラ笑って、
「アハハ、いや、こりゃ失敬。許して下せえ、レーアお嬢様ァ」
とおどけた調子で言った。レーアは思わず笑ってしまった。
「バカみたい、貴方……」
ナスカートはニヤッとしてからカミリアを見て、
「俺はどちらかって言うと、カミリアの方がいいな」
レーアは思わずカミリアを見る。彼女のスタイルは、レーアとは比較にならない。
「あんた、嫌らしいんだよ!」
カミリアはムッとした。レーアがそれに同調し、
「そうよ、変態!」
「へ、変態?」
ナスカートはレーアの言葉にグッと詰まってしまった。リームが大笑いをして、
「確かにこいつは変態だよな」
「おい、リーム、お前まで……」
ナスカートを除いて、ディバートまで大笑いだ。レーアは笑いながらハッとして、
「そうだ、カミリア、トレッド達はどうしたの?」
カミリアは急に蒼くなり、下を向いてしまった。レーアはディバートに小声で、
「何かまずい事訊いちゃった?」
「ああ」
ディバートは声を落として、
「トレッドの隊は、カミリアを除いて全員死んでしまった」
「ええっ?」
レーアはビックリしてカミリアを見た。そして、
「ごめんなさい、カミリア。私、何も知らなくて、貴女に悪い事訊いちゃって……」
するとカミリアは顔を上げて力なく微笑み、
「いいんだよ、レーア。私もあんたにいろいろと酷い事を言っちまってさ……。謝るのは私の方だよ」
レーアは涙ぐんで、カミリアを抱きしめた。ディバートが、
「それよりどうしたんだ? 急に戻って来て?」
レーアは涙を拭いながら、
「父が帰って来るの、今夜」
「ザンバースが!?」
カミリアの声が甲高くなった。
(トレッド達の仇を討ちたい……。でも……)
レーアの父親である事を思うと、カミリアはザンバースを憎み切れなかった。ナスカートがニヤリとして、
「そんな無粋な話はなしにしようぜ、レーア」
と言うと、レーアのお尻をムニュッと揉んだ。
「キャッ!」
レーアは飛び上がってナスカートを睨んだ。
「何するのよ、ケダモノ!」
しかしナスカートは全然悪びれもせずに、
「ハハハ、ほんの挨拶代わりだよ」
「もう!」
リームとディバートは呆れ顔でナスカートを見た。しかしカミリアは一人真剣な顔で考え込んでいた。
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