第十七章 その三 カレン・ミストラン

 カレン・ミストランは、連邦ビルの一階にあるロビーに客が来ていると連絡を受け、すぐに降りて行った。彼女には全く思い当たる人間はいなかったので、そこにいるのが誰なのか、見当もつかなかった。

「?」

 ロビーに降りると、ソフアにはアジバム・ドッテルが座っていた。カレンも、ドッテルの事は知っていたので、彼が何のために自分を呼び出したのか、いろいろと考えてみた。しかし、わからなかった。

「カレン・ミストランさんですね?」

 ドッテルはカレンを認めると立ち上がった。カレンは微笑んで、

「はい。ドッテル様ですね? どのようなご用でしょうか?」

「まァ、そう急かさないで下さい。お座りになってからでいいでしょう」

「はァ……」

 妙に馴れ馴れしい雰囲気のドッテルに、カレンは警戒心を抱いていた。

(この人、何が目的なのかしら?)

 いくら世間知らずの天才とは言え、カレンにもそのくらいの感覚はある。

「ライカス事務次官の補佐がありますので、あまりお時間は割けないのですが……」

 カレンは何とか早くこの場を脱しようと考え、そう言った。しかしドッテルはまるで意に介していない様子で、

「大丈夫ですよ。事務次官には、私の方から言っておきますから。それに、野暮な事は言いっこなしですよ、ミストランさん」

「はい……」

 ドッテルは驚いていた。

(この女、恍けているのか? この状況で、私が何をしに来たのか理解していないようだ……)

 カレンは諦めて、ソファに腰を下ろした。

「実は貴女に折り入ってお願いがありましてね」

 ドッテルが顔を近づけて言った。カレンはハッとして、

「まさか、財閥解体法と財産関係所有法についてですか?」

「はっ?」

 ドッテルは、

(そうか、この女、法律畑出身だったな)

と思い、心の中で笑った。カレンは困った顔をして、

「お気の毒ですけれども、どうにもなりませんわ。もちろん、訴訟を起こして争う事もできますが、勝訴するまで何年かかるかわかりません」

(ミローシャと同じような事を言いおって。こんな女、本当に利用するだけにしよう)

 ドッテルはカレンの浅はかさを蔑んだ。

「いや、そんな事ではありません。ミケラコスの財は、没収されてもすぐに元に戻りますからね。そういった堅苦しい話ではないのですよ。ちょっと外に出ませんか?」

 ドッテルはにこやかな顔でカレンを誘う。しかしカレンは、

「でも、私、仕事が……」

「大丈夫だと言ったはずですよ」

 ドッテルはカレンの手をとって立ち上がり、サッと腰に手を回した。カレンはビクッとしたが、撥ねつける訳にもいかず、ドッテルと共に連邦ビルを出て行った。


 バジョット・バンジーは院長が回診に来た時、入院費や手術費の事を尋ねた。すると院長は、

「労災でしょう? 全額保険で支払われますよ。コーリン会長から電話がありましてね」

「会長から?」

 バンジーはハッとした。ソーラータイムズの会長であるギャムリー・コーリンが裏で動いてくれている事はありがたかったが、同時に危険でもあると思った。

(俺を援助している事が知れたら、会長も……)

 バンジーは思わず身震いしてしまった。院長がそれに気づき、

「どうしましたか?」

「いや、別に……。そうですか、金の心配はいらないって事ですか」

「まァ、そうですな」

 院長は取り留めもない話を一頻りしていったが、バンジーの耳には入っていなかった。


 連邦警察署長のミッテルム・ラードは、部下の報告書に目を通していた。

「ギャムリー・コーリンがバジョット・バンジーを援助しているのか……」

 ミッテルムは机の前に立っている部下を見上げた。部下は頷いて、

「はい。盗聴器からの録音では、奴はバンジーが入院している病院に電話を入れて、バンジーは仕事中だったから、保険が適用されるはずだ、と告げています」

「奴はバンジーを解雇したはずだ。危険だな」

「はい」

 ミッテルムはテレビ電話の受話器に手を伸ばした。


 レーアとカミリアがシャワー室に入ると、ナスカートが、

「さてと」

と立ち上がった。するとリームが、

「おい、まさか、覗く気じゃないだろうな?」

 シャワー室は簡単な目隠しが着いているだけなので、その気になれば十分覗けてしまうのだ。

「まさか。女の裸は見飽きたよ。それに、カミリアはともかく、レーアのは鑑賞に堪えるものじゃない」

「お前なァ……」

 リームは呆れた。ナスカートは笑って、

「レーアって、確かに可愛いな。スタイルはまだお子ちゃまだけどさ。ディバートが惚れるのも無理はない」

「またお前、俺は別にレーアの事なんか……」

とディバートが反論しようとした。するとナスカートはそれを手で制して、

「そうかあ? でもさ、俺がレーアの可愛いお尻を揉んだ時のお前の顔、恐ろしかったぞォ」

と冷やかすように言った。ディバートは図星だったので、黙り込んでしまった。


 ザンバースは帰宅していた。そして婆やからレーアが帰って来ていた事を知らされた。

「レーアはどうした?」

「はい。旦那様には会えないとおっしゃいまして……。どこへ行かれたのか、全くわかりません。クラリア様もご存じないそうで……」

「そうか」

 ザンバースは婆やに見えないようにニヤリとした。

(レーアめ、まだ私と顔を合わせて虚構の会話をかわすほどではないらしいな。後ろめたさがあるうちは、まだ何とかなる)

「警察に捜索願を出した方がよろしいでしょうか?」

 婆やは心配そうな顔で尋ねる。しかしザンバースは、

「そこまでしなくていい。多分また、急に帰って来るだろうからな」

「はい……」

 婆やはそれでも不安を隠し切れなかった。

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