第十七章 その一 偽りの総裁選
ミケラコス財団の事実上の支配者であるアジバム・ドッテルは、名目上の支配者であるナハル・ミケラコスに呼び出され、財団ビルの総帥室に来ていた。ナハルは苛立たしそうにドッテルを見上げると、
「ザンバースが何かを企んでいるらしい事はわかったが、奴が何をしようとしているかは全くわからん。タイト・ライカスの秘書を抱き込むのはまだか?」
ドッテルは自分の妻ミローシャの父であるナハルに「復讐」をしようとしていた。
「美人の秘書に目をつけています。私の地位と財力をもってすれば、彼女を抱き込むのは造作もないでしょう」
ナハルはムッとした。
(こいつ、ミローシャに対して公然と浮気をしようというのか。まァ、いい。こちらにも考えがある)
「良かろう。やりたまえ。その代わり、後始末は自分でするのだぞ」
「わかっています、総帥」
二人の野心家は、互いに腹に一物あって、ニヤリとした。ナハルが、
「その秘書の資料はあるか?」
「ここにあります」
ドッテルは封筒を差し出した。ナハルは中から書類を取り出し、眺めた。写真は金髪の若い女で、ミローシャとは比較にならない程だ。
「カレン・ミストラン、二十歳。北アメリカ州立大学法学部卒。年齢が合わないのは、飛び級を経験しているため。天才少女と呼ばれていた。連邦、北アメリカ州のほとんどの法律に通じ、連邦並びに州レベルで弁護士の資格も有する、か」
ナハルはその秘書の経歴に驚嘆していた。ドッテルはニヤリとして、
「続きは私が申し上げましょう。彼女はライカスが直接選んだ超エリートで、恐らく連邦政府の全ての秘書の中で最も優れた秘書でしょう。但し、家族には恵まれておらず、父親は二歳の時、母親は六歳の時に死亡しています。兄が一人おり、十歳年上で、この兄が彼女を育てたと言えます。兄も連邦政府法務省の局長の職にあります」
「なるほど。つけ入る隙があるとすれば、両親の愛情の不足か……」
ナハルは書類を机の上に置いた。ドッテルは頷き、
「そうです。そして彼女は今まで他人に騙された事がありません。天才に多い、世間知らずの類いです。それに彼女は、男性経験もない。天才であるが故に、普通の若い女性としての生活をしていないのです」
「つまり、男に対する警戒心がないという事か?」
ナハルは目を細めた。
「はい。そういう事です。お許し願えるでしょうか?」
ドッテルは恍けて尋ねた。ナハルはフンと鼻を鳴らして、
「何の事だ?」
「つまり、このカレン・ミストランを抱き込む事です」
「別に構わん。好きなようにすればいい」
ナハルは何もかも知っているぞという目でドッテルを睨む。しかし、ドッテルはそれを無視して、
「わかりました。早速手配致します」
とだけ言い、総帥室を出て行った。ナハルはしばらくドアを見ていたが、窓に視線を移し、
「狸が……。ミローシャを悲しませるつもりか……」
と呟いた。
ちょうどその頃、ザンバースは秘密の地下室で幹部会議を開いていた。
「総裁選に臨んでの作戦とは、一体どんな事ですか?」
帝国補佐官であるタイト・ライカスが尋ねる。ザンバースはニヤリとして、
「我々の派閥から、カメンダール・ドルコムを立候補させる」
「ドルコムを? あの男は、一度エスタルトに味方した男です」
ライカスが異を唱えた。しかし、ザンバースは、
「わかっている。だからこそ、あいつがうってつけなのだ。今度の総裁選は、第一段階だ。帝国へのな」
「一体どういう事ですか、大帝?」
帝国軍司令長官であるリタルエス・ダットスが尋ねた。ザンバースは彼を見て、
「連邦制がいかに頼りにならない制度に基づいているのかを国民に知らしめるための布石だ」
「つまり、ドルコムが総裁になって、収拾のつかない事をすれば、国民が不信感を抱く、という事ですね?」
帝国人民課担当官のマルサス・アドムが言った。ザンバースは頷き、
「そういう事だ。恐らく、エスタルト派からは、ケラミス・ラストが立候補するだろう。奴を潰すにも良い機会なのだ」
「なるほど。先日の爆破事件で、奴だけが助かりましたからね」
帝国破壊工作部隊司令のヤルタス・デーラが相槌を打つ。ザンバースは目を細めて、
「それでは作戦を説明しよう。真っ当に戦ったのでは、ドルコムの負けは火を見るより明らかだ。そこで、不正介入による投票操作を行う」
「何ですって?」
一同が一斉に叫んだ。しかしザンバースは涼しい顔で、
「できないと言うのか?」
と自信たっぷりに尋ねる。科学局局長であるエッケリート・ラルカスが、
「もちろんです。投票はコンピュータによるものです。万に一つも、不正ができるはずがありません」
と反論した。するとザンバースはニヤリとして、
「一見すると、確かにその通りだ。しかしな、いくら不正を防ごうとしても、完璧な防止策は講ぜられないのだよ」
一同は只、驚いていた。ザンバースは続ける。
「私は軍属の烙印をエスタルトによって押された。軍属の烙印は死ぬまで消えない。いや、死んでも消えんだろう。そのため私は、総裁代理になれても、総裁にはなれない。これが私唯一の、エスタルトに負けた点だ。だからこそ、今、私としては、
「ドルコムはどうなさるおつもりですか?」
帝国情報部長官であるミッテルム・ラードが尋ねた。ザンバースは一同を見渡して、
「奴にはスケープゴートになってもらう」
「スケープゴート?」
ライカスが鸚鵡返しに言った。ザンバースは彼を見て、
「そうだ。奴は連邦制と共に叩き潰される事になる」
一同は震撼した。
「アーベル・ダスガーバンが、旧帝国と共に叩き潰されたようにね」
ザンバースは実にあっさりと言ってのけた。
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