第十六章 その三 バジョット・バンジーとの和解
翌朝、ケラルは自分の部屋に直通の電話がかかって来たので、ハッとして受話器を取った。それは、ザンバースの暗殺団に狙撃されて、瀕死の重傷を負ったバジョット・バンジーが入院している病院からだった。相手は担当医らしい。
「ドックストンさん、バンジーさんがたった今、意識を回復しました。お会いになりますか?」
「ええ。あと一時間程で伺います」
「わかりました」
ケラルは電話を切り、キッチンに行った。するとそこでは、レーアが一人寂しく食事をしている。彼女はケラルに気づくと、ニコッとして、
「おはよう、ケラル」
「あっ、おはようございます、お嬢様」
ケラルは面食らってしまい、一瞬挨拶が遅れてしまった事を恥じた。レーアから彼に挨拶した事など、今まで一度もなかったのだ。ケラルは微笑み返して、
「珍しいですね。お嬢様からご挨拶いただいたのは、初めてですよ」
レーアはその言葉に顔を赤らめて、
「そうかも知れない。私、貴方には随分失礼な態度を取っていたわね。ごめんなさい」
と謝った。ケラルは微笑んだままで、
「お気になさらずに。私も、挙動不審な点が多かったですから、仕方ございませんよ」
レーアは食事に視線を戻して、
「私、貴方を恐れていたのよ。父を殺そうとしているのではないかと思って……。貴方の話を聞いたら、貴方がそうしなかったのが不思議なくらいだわ」
ケラルは何も言わずに微笑んでいたが、レーアが食事を終えたのを見て取ると、
「お嬢様、私はこれからバジョット・バンジー氏が入院している病院へ行こうと思っているのですが、ご一緒にいかがですか?」
「バンジー?」
レーアはその名を少し考えてから、ハッとした。
(確か、私が狂ってるって記事を書いた奴じゃないの!)
急に腹が立って来たレーアはスッと立ち上がり、
「行かない! だって、あのオヤジ、私の事を……」
と怒鳴り始めた。するとケラルはそれを遮るように、
「だからこそ、会っていただきたいのですよ」
レーアはキョトンとした。
「どうして?」
彼女はケラルに詰め寄る。ケラルはまた微笑んで、
「バンジーの誤解を解いておきたいのです。彼は一流の記者です。協力してもらえれば、随分と役に立つはずです。それに、お嬢様も、彼に正気ではないと思われているままでは、ご気分がお悪いでしょう?」
「ええ、それはまァ……」
ケラルにそう言われると、そう思えて来る。オヤジ一人に何と思われようと構わないような気もするが、気分が悪いのも確かだ。
結局レーアは、ケラルと共にバンジーの入院している病院に行く事にした。ケラルは、マーガレットには、レーアと一緒に友人の見舞いに行くと嘘を吐いた。マーガレットは、レーアがケラルと打ち解けてくれたのだと思い、喜んでいた。
レーアはケラルの運転するホバーカーの中で、
「それにしても、バンジーっていう人、どうして撃たれたのかしら?」
「彼はザンバースの事を探ろうとしていたのですよ。それで消されかけたのです」
「そう……」
レーアは悲しそうに窓の外を見た。
(どうしてそんな事までして、帝国なんかを……。私にはパパの考えが全然わからない……)
二人は病院に着き、バンジーの病室に向かった。看護師や医師達は、レーアを見てヒソヒソ話している。レーアとケラルはそれを無視して、バンジーの病室に辿り着いた。
「あ、貴女は……」
バンジーはケラルを見てキョトンとしたが、レーアに気づいて顔色を変えた。そして、胸の傷を忘れて半身を起こしかけ、
「ぐっ……」
と呻いた。ケラルとレーアはバンジーのベッドの脇に歩み寄った。
「そうか……。やっぱりね。看護師が言ってたんだよ。俺を助けてくれたのは、ザンバース邸の執事だって……。信じられなかったけど、本当だったんだな」
レーアはニヤリとして、
「私のどの辺が狂っているのかしら、バンジーさん?」
バンジーは身の置き場がないという顔をし、困っていた。そして、
「す、すみませんでした……。どうやら、まんまと罠にかけられたようです」
と詫びた。レーアはニッコリして、
「いいんです。元はと言えば、私の父が悪いんですから……」
バンジーはその言葉にハッとしてレーアを見た。
「貴女は、どうしてザンバースと違う立場なんですか? ザンバースが貴女を利用しようとしたのは、そのためでしょう?」
「ええ。でもバンジーさん、親子だからって、同じ道を進むとは限りませんよ。特にダスガーバン家はね」
レーアの言葉に、バンジーは彼女の家系の流れを思い返した。レーアから四代前のカイゼルは、国連事務総長だった。そのカイゼルを追い落とし、帝国を築いたのがその息子アーマン。そして、一部の噂では、権力を手に入れるために自分の父であるアーマンを殺したアーベル。更に、そのアーベルを追いつめ、自殺させたエスタルトとザンバース。確かに凄い家系である。
「確かに……」
バンジーはそう言うしかなかった。
そして話は本題に入った。ケラルは、バンジーに悪魔の孤島が解放される事を話した。バンジーは目を見開いて驚いた。
「行ってくれませんか、悪魔の孤島へ」
ケラルが穏やかな顔で提言する。バンジーは考え込むかと思われたが、
「はい。行きます。いえ、行かせて下さい」
と返事をした。
「トップ屋としては、名誉挽回のチャンスですからね。お嬢さんに見直してもらわないと、俺の記者としてのプライドが傷つきます」
「うまくやって下さい。それから、貴方はまだ命を狙われているのをお忘れなく」
「わかってますよ。しかし、どうして貴方はそんな事を知っているんですか? 貴方は何者なんです?」
「私は只の執事ですよ」
バンジーはキョトンとしたが、レーアはクスクス笑った。
バンジーはレーア達が帰ると、病室を車椅子で出て、検察官のバートラムに電話をかけた。しかし、出たのは別の検察官だった。
「バートラムさんなら、昨日免職になったよ。何か悪い事をしたらしくてね」
バンジーはゾッとした。
(くそう、何て事だ。検察庁まで、ザンバースの圧力が……)
レーアとケラルは、帰り道、カーラジオの放送を聞いていた。それは迫力のある音楽の番組だった。
「ごめんさないね。最近、全然こういうの聞けなかったから……」
クラリアの部屋に居候していた時は、クラシックばかり聞いていたのだ。音楽の趣味は、彼女とは合わないと思うレーアだった。
「かまいませんよ」
ケラルは微笑んで応じた。すると突然音楽が切れ、アナウンサーの深刻な声が聞こえて来た。
「臨時ニュースをお伝えします。月面支部へ向かったシークレットサービスのシャトルが、突然大気圏外で爆発しました」
ケラルとレーアは顔を見合わせた。彼はホバーカーを路肩に寄せて停めた。
「原因は今のところ全くわかっていませんが、警備隊本部長のリタルエス・ダットス氏の会見では、『赤い邪鬼』による犯行ではないかという事です」
ケラルは深刻な顔で、
「こうまでして、月面支部を守ろうとするのは何故でしょうか? エスタン知事を押さえておくというだけの理由では、弱い気がするのです」
「ええ……」
レーアにはザンバースの真意が全くわからなかった。
その頃ザンバースは、総裁執務室のプライベートルームで、マリリアが入れた紅茶を飲んでいた。
「そうだ」
彼は不意に思いついたようにマリリアを見た。
「はい」
マリリアはパソコンから顔を上げてザンバースを見る。
「幹部会議を召集する。総裁選に臨んでのな」
「はい、大帝」
マリリアは受話器を手に取った。ザンバースは満足そうにニヤリとした。
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