第十五章 その三 ケラル・ドックストン
その夜、ミタルアムはケスミー財団ビルの大ホールに社員を集め、一人一人に給与を手渡ししていた。
「財団が潰れたのは本当に残念だし、君達の将来の収入を断ってしまったのは、心苦しい限りだ。しかし、とにかく、今月分は手渡せる。今まで本当にご苦労だった。更生計画は順調で、復帰の見通しはあるが、財団が立ち直ると同時に、連邦政府が新しい法律を楯に解体を迫るだろう。いずれにしても、諸君には迷惑がかかる。だからこそ、諸君には、新しい道を歩んでもらいたいのだ」
その時、ザラリンド・カメリスがミタルアムに耳打ちをした。彼は頷いて、
「ちょっと失礼。後は頼む」
とザラリンドに告げ、ホールを出て行った。そして廊下の先にある電話に出た。
「ガナールか? どうしたのかね?」
電話の相手は、シークレットサービス長官のガナール・ドルカンだった。
「実は、大変な事がわかりました」
ミタルアムは、ガナールが大変な事と言うからには、相当な事だろうと覚悟し、
「何があったのだ?」
「ザンバースが、悪魔の孤島を解放するというのです」
「何だって!? 悪魔の孤島を?」
ミタルアムは想像していた以上の話をされ、驚愕していた。
「ええ。となると、エスタルト総裁は……」
ミタルアムは暗い顔になり、
「ああ。わかっているよ。でも、阻止はできんな」
「ええ。とにかく、お知らせしておこうと思いまして」
ガナールの声も暗い。
「ありがとう」
ミタルアムは沈痛な面持ちで受話器を戻した。
レーアは、懐かしさもあって、ディバート達と話し込んでいた。ディバートは、思い立ったようにテレビを点けた。彼はニュースが始まるのを待っていたのだ。
「警備隊に続いて、シークレットサービスが部隊を月面支部に派遣し、エスタン知事を救出する事になりました。今度こそ成功して欲しいものです」
キャスターが言った。ディバートは苛立ったように、
「まただ。ザンバースが布石を打って来た。奴の今度の狙いは何なんだ?」
「この前は月面支部の襲撃……。今度は?」
リームは腕を組んで考え込む。レーアは怖くなって震えた。
(歴史を狂わそうとしているの、パパ? そんな事、できはしないっていうのに……)
クラリアはレーアに会いに来たのに、その肝心の本人がどこかに行ってしまったので、マーガレット達と邸を探し回っていた。
「全く、風の子なんだから。すぐにどこかに行っちゃう……」
「本当でございますね」
マーガレットは悲しそうに言った。そこへケラルが戻って来た。
「お嬢様はまだ見つかりませんか?」
「ええ。また誘拐されてしまったのでしょうか? 物置の明かりが点いていたので、そこにいらっしゃると思っていたのですが、お姿がなくて……」
マーガレットは泣きそうな顔をしている。ケラルはマーガレットの話にハッとして物置に向かった。
(まさか、気づかれたのでは……)
「どうしたのかしら、執事さんは?」
クラリアはケラルの慌てぶりを変に思った。マーガレットは、
「さァ。あの方は、時々わからない事をなさいますから……」
レーアとディバートとリームは、沈痛な顔をして、ジッと黙り込んでいた。そこへ誰かが階段を降りて来る音が聞こえて来た。
「首領!」
ディバートとリームが、入って来た人物を見て言った。レーアはその人物を見て仰天した。
「ケラル! これは一体……? そう、そうだったのね……。貴方が、私をディバート達に連れ去らせたのね?」
「そうです、お嬢様」
ケラルは苦笑いをして答えた。レーアは立ち上がってケラルに近づき、
「貴方はそのために私の家の執事になって、パパに仕えていたの?」
「いいえ」
ケラルはキッパリと否定した。レーアはその口調にキッとして、
「じゃあ、どうして?」
ケラルは目を伏せて、内ポケットからペンダントを出し、レーアに差し出した。レーアはそれを受け取り、中を見た。中には写真が入っていた。
「ママ!」
そこには、若き日のケラルと、今は亡きレーアの母であるミリアが幸せそうな笑顔で写っていた。レーアはビックリしてケラルを見た。
「どうして、どうして貴方と私の母が一緒に写っているの?」
レーアは思わずケラルにしがみついた。ケラルはレーアを見て、
「
レーアはケラルから手を放して、
「ええ。聞かせて」
彼女はペンダントを閉じ、ケラルに返すと、椅子に座った。ケラルはペンダントを内ポケットに戻し、
「私は、貴女のお母様と、昔婚約していたのです」
「何ですって!?」
レーアは驚いて立ち上がってしまった。彼女は信じられないというふうに、首を横に振った。
「そんな、そんな……」
レーアはケラルを見た。ケラルの目は、真っ直ぐレーアを見ている。嘘ではないのだ。真実なのだ。レーアは心の中でそう思った。
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