第十五章 その二 秘密

 ディバートとリームはアジトに戻っていた。

「どうしてここがザンバースに知られなかったのか不思議だが、とにかく助かったな」

 リームが中を見渡しながら言う。ディバートは頷いて、

「そうだな。これでまた俺達は活動できる。シャトールは破壊されたが、仲間は生き延びたからな」

「ああ」

 二人は通信室に行き、テーブルに着いた。

「しかし、これからが本格的な戦いだ」

 ディバートは自分に言い聞かせるように呟く。リームがニヤリとして、

「お前、レーアの事が気になるのか?」

 ディバートはムッとして彼を見ると、

「何を言い出すんだよ。そりゃ、レーアとも会わなくちゃならない。でも、今すぐという訳ではない」

 リームはニヤニヤして肩をすくめる。ディバートはそれに気づき、

「ナスカートとカミリアは、メキガテル・ドラコンからの連絡で、一旦はナスカートの本隊に戻った。奴はレーアに会いたがっていたけどな」

 リームはディバートのあからさまな強がりに笑いながら、

「お前も頑固な奴だな」

 その時、ドアの一つが開き、ある人物が入って来た。二人はその人物を見て、

「首領」

と応じた。


 ザンバースは総裁執務室で意外な書面を手にしていた。それは連邦憲法の写しであった。

「これがどうしたのかね?」

 彼はマリリアを見て尋ねた。マリリアは目を細めて、

「憲法第十一章第百八条の規定です」

「百八条?」

 ザンバースは写しのページをめくり、条文に目を通す。

「『時限的認定による連邦警備隊の設置。帝国軍の残存部隊が壊滅し、地球上に軍隊が存在しなくなるまでの間、連邦警備隊を設置する』。なるほど。これを一部市民団体が政府に持ち込んだというのか」

「はい、そうです。どうするおつもりですか? 警備隊は存在理由を失いました」

 マリリアの言葉に、ザンバースはフッと笑って彼女を抱き寄せ、

「そんな事はない。現に『赤い邪鬼』という秘密軍事組織紛いのものが存在している。百八条一項には、『地球上に軍隊が存在しなくなるまでの間』とある。まだ警備隊の存在理由はある」

 マリリアはハッとした。ザンバースは彼女の美しい顔を撫でて、

「法律というものは、如何様にでも解釈できるのだ、マリリア。警備隊が存在理由を失う事はない。永久にね。公式発表はライカスに任せておけ。法律に関しては、奴の方がエキスパートだ」

「はい……」

 マリリアは初めてザンバースに怯えた。

(恐ろしい人だわ、この方は……)

 彼女はザンバースに引き寄せられ、唇を重ねた。


 レーアはキッチンでチョコレートケーキを三ホール食べてしまった。マーガレットはその旺盛な食欲に唖然としていた。

「お嬢様は、本当に甘いものがお好きですね。でも、そんなに召し上がると、太りますよ」

 婆やが食器を片づけながら言うと、レーアは苦笑いして、

「大丈夫よ。少し太りたいくらいなんだから」

 彼女はタイタスに「胸は小学生」と言われた事を気にしているのだ。チョコレートケーキを食べても、膨らむのは腹で、胸が大きくなる訳ではないのだが。

「ねえ、パパは何時頃帰るの?」

 レーアは口を拭いながら尋ねた。するとマーガレットは、

「最近はほとんどお帰りになりません。今日も泊まられるそうです」

「そうなの」

 レーアは内心ホッとしていた。

「ご馳走様、婆や」

 レーアはキッチンを出て、二階の自分の部屋に向かった。その時彼女は、執事のケラル・ドックストンが、階段の下にある物置から出て来るのを見かけた。彼はレーアには気づかず、玄関の方へと歩いて行った。

「何してたんだろ?」

 レーアは妙に思って、物置に入った。中は真っ暗で、彼女は手探りで明かりを点けた。

「何の用があったのかしら?」

 レーアは中に並んでいるものを見渡した。どれも埃にまみれている中で、一つだけ埃が落とされている大きな箱があった。

「この中を見ていたのかしら?」

 蓋を開くと、その奥には何故か階段が見えていた。

「何、これ?」

 レーアは不思議に思いながら、中に入った。もし今誰かに下から覗かれたら、多分パンツ丸見えだ。

「よいしょっと」

 レーアは階段に降り立ち、進んだ。長い階段だ。どこまでも続くように見える。

「どこに繋がっているのかしら?」

 レーアは薄明かりを頼りに進む。やがて階段は終わり、ドアが現れた。ドアの僅かな隙間から、明かりが漏れている。話し声も聞こえた。

(誰かいるの?)

 レーアはドキドキしながら、ドアを開いた。するとその向こうには、信じられない光景が広がっていた。そこはディバート達のアジトで、彼とリームがいたのだ。

「えええ? ど、どういう事なのよ?」

 二人も、いきなりレーアがドアを開いて現れたので、驚いていた。

「どうやら、俺達のアジトの秘密を知られてしまったようだな」

 ディバートがようやく話し始める。レーアも目を見開いたままで、

「ええ……。でもまさか、私の家の下にあるなんて……。だから貴方は絶対にわからないって言ったのね?」

 ディバートはフッと笑い、

「そうさ。ザンバースも、まさか自分の足下に俺達がいるなんて、夢にも思わないだろう?」

「そ、そうね……」

 レーアはすっかり感心していた。


 クラリアは、学校から帰って来て、レーアがいなくなったのを執事のマーボから聞かされた。

「どこに行ったの?」

 マーボはクラリアの質問に困った顔をして、

「それが、私共も知らないうちにお出かけになったようでして……」

「そう。困った子ね、全く」

 クラリアは苦笑いして自分の部屋に行った。

(まさか、あの子、自分の家に戻ったんじゃ?)

 クラリアはサッと部屋の中にあるテレビ電話に近づいた。すると電話が鳴った。

「はい」

 クラリアは素早く受話器を取った。電話の相手は、レーアの邸の婆やだった。

「クラリア様、ちょうどようございました。レーアお嬢様が、たった今お帰りになったので、お知らせしようと思いまして……」

「ああ、そうなんですか。ありがとう」

 クラリアは苦笑いして応じた。

「はい。きっとお嬢様もクラリア様に会いたがっておられると思いまして。おいで願えませんか?」

 クラリアは笑いを噛み殺して、

「わかりました。お伺いします」

「それでは……」

 クラリアは受話器を戻すと、すぐに部屋を出た。

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