第十四章 その二 ミタルアム・ケスミーの奇策

 タイタス達が帰ってから、ミタルアムが帰宅した。そして、リビングルームで彼に聞いた話で、クラリアとレーアは仰天した。

「警備隊法を改正する?」

 ミタルアムはスーツの上をソファの背もたれにかけて、腰を下ろすと、

「そう。いや、改悪と言った方が正しいかな。ランドルフ・カッタルケントという若手の上院議員が飛び回って、根回しをしているという情報が入った」

「父の仕業ですか?」

 レーアは悲しそうに尋ねる。ミタルアムはネクタイを緩めながら、

「だろうね。シークレットサービスの長官であるガナール・ドルカンが、総裁執務室の前でランドルフの姿を見かけている」

 レーアはますます暗い顔になって、

「そうですか……。やはり父は、本気で帝国を……」

 ミタルアムはネクタイを外し、

「そうだろうね。まァ、そんなに君が気に病む事はないよ、レーア君」

とレーアを宥めた。しかし。レーアにはその言葉は気休めにもならない。

「ええ……」

 彼女は力なくソファに身を沈めた。そこへ執事マーボがやって来て、

「旦那様、ナハル・ミケラコス様がお見えです」

 あまりにも意外な訪問者に、ミタルアムは眉をひそめた。

「ミケラコス氏が? 何の用だろう」

 マーボはオロオロして、

「火急のご用だそうです。如何致しましょう?」

「わかった。書斎にお通ししてくれ。すぐに行くから」

「はい」

 マーボはお辞儀をしてリビングルームを出て行った。


 ナハル・ミケラコスは、執事の案内で書斎に通され、ソファに座っていた。書棚を見渡すと、たくさんの古書が並んでいる。

(さすがミタルアム・ケスミーだな。古代の経済学の本まである。アダム・スミス、ミル、マルサス、マルクス、ケインズ……。大したものだ)

「お待たせ致しました、ミケラコスさん」

 ミタルアムがそっとドアを閉めながら言った。ナハルはミタルアムを見て、

「突然お邪魔して申し訳ありませんな、ケスミーさん」

「いえいえ。お越しになりたい時はいつでもどうぞ。ところで、ご用件は?」

 ミタルアムはナハルの向かいに座って尋ねた。ナハルは腕を組んで、

「考え直す気はないかね?」

と唐突に切り出した。

「考え直す?」

 ミタルアムは何の事を言っているのかすぐにわかったが、恍けた。

「そう。急進派の援助などやめて、私と手を組まんか? 悪いようにはせんよ」

 ミタルアムは笑って、

「何の事ですか、ミケラコスさん? 私にはわかりかねますが?」

 ナハルもミタルアムがわかっていて恍けている事は承知の上だ。化かし合いである。

「まァ、いいでしょう。とにかく、貴方の財団は、明日施行される二つの法律で消滅する」

 ナハルがカードを切って来た。するとミタルアムは待っていたかのように、

「いやあ、私の財団は、今日にも消滅してしまいそうなんです」

「えっ?」

 ナハルはピクッとした。ミタルアムはメイドが紅茶を持って来て、テープルの上に置き、退室するまで待ってから、

「この前の月面支部の事件で、私のところで融資していたシャトル会社が倒産しましてね。財団では、そのシャトル会社の運営に融資していただけでなく、シャトルの購入にも融資していましてね。それだけなら良かったのですが、シャトルの工場にも資金提供をしていたので、巨額な負債を抱えての倒産でした。それが我が財団にも大打撃でして」

 ナハルは驚愕していた。

(この男、法律を逆手に取って、ザンバースに対抗するつもりなのか?)

 結局ナハルはミタルアムの隠し球に見事にしてやられ、そのまま帰った。ミタルアムがリビングルームに戻ると、

「ねえ、一体何の話だったの?」

 クラリアがすかさず尋ねた。レーアも興味深そうにミタルアムを見ている。

「クラリアを養女にさせてくれないかと言われた」

「ええっ?」

 あまりにも意外な答えに、クラリアとレーアはビックリして顔を見合わせた。

「冗談だよ。大した話ではない」

 ミタルアムはニヤリとしてソファに座った。

「もう、お父様ったら!」

 クラリアはそう言いながらも、ニコニコしてミタルアムの隣に座る。

(いいなあ、クラリアは……)

 レーアはそんな父と娘を見て、自分の境遇に改めて思いを馳せた。

 

 そして翌日。

 総裁執務室で書類に目を通していたザンバースは、いつになく上機嫌だった。長年の宿願であるケスミー財団の解体が実現するのだ。その時、マリリアの机のテレビ電話が鳴った。

「はい、総裁執務室です」

 マリリアは素早く受話器を取った。モニターに映ったのはミッテルム・ラードだ。彼は表の顔は連邦警察署長だが、裏の顔は帝国情報部長官である。

「大帝はいらっしゃるかな?」

「お待ち下さい」

 マリリアは保留に切り替え、

「ラード長官からです」

「うむ」

 ザンバースは自分の机のテレビ電話の受話器を取った。

「何だ?」

 ミッテルムの話を聞いて行くうちに、ザンバースの顔色が変わった。

「ケスミー財団が倒産だと? そんなバカな事があるか!」

 ザンバースらしからぬ動揺ぶりに、マリリアは驚いて彼を見た。

「しかし、本当なのです。月面支部事件がきっかけで、巨額の負債を抱えたシャトル会社が倒産し、そこに多大な融資をしていたケスミー財団は大打撃を受けたようです。融資額は百二十兆アイデアルと言われておりまして、ケスミー財団の全資産の三分の二超になります」

 ミッテルムの話を聞いても、ザンバースは納得が行かなかった。

(何という事だ……。帝国建設の資金が……)

「大帝?」

 ミッテルムが反応のないザンバースに声をかける。ザンバースはハッとして、

「ケスミー財団の倒産は本当なのか? つまり、偽装ではないのか?」

「そんな事はありません。確かなものです。連邦裁判所第一審院の民事第一部が、正式に受理しました。連邦会社更生法に基づきまして」

「そうか、わかった。報告ご苦労」

 ザンバースは受話器を静かに置き、背もたれに寄りかかり、眉間に皺を寄せた。

(何という事だ……)

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