第二部 地球連邦の崩壊

第十四章 その一 旧帝国軍残存部隊

 旧帝国軍。名称こそ「軍」であるが、実際は盗賊とさして変わらない事をしているならず者の集団である。しかし、アジアに巣食う「サスカッチ」は、総勢十万を超え、戦力は警備隊の連隊以上である。また、アフリカに本拠地を置く「グハマン」は、総勢九万程で、どちらも連邦政府にとって危険な存在である。エスタルトが彼等をあまり本格的に攻撃させなかったのは、思わぬ反撃を食らって戦域を拡大する事を恐れたためである。また、ザンバースが、双方のボスと交渉し、協力を要請していたためでもあった。

 

 ザンバースは、財閥解体法と財産関係所有法施行を翌日に控えた日、「サスカッチ」の頭領であるフランドール・ガジムル、「グハマン」の頭領であるカサラグ・ドズと連絡を取っていた。彼は連邦ビルの地下深くに秘密裏に造らせた司令室の巨大なスクリーンの前にいた。スクリーンは二分割され、フランドールとカサラグが映っている。

「いよいよ、お前達に本格的に動いてもらう。パルチザンの連中も戦力を整えているため、警備隊の今の戦力では太刀打ちできんのだ。そのためにも、お前達の協力が必要だ」

 ザンバースがスクリーンの二人に語りかける。するとフランドールはニヤリとして、

「俺の親父は、あんたの兄貴のエスタルトのせいで、野垂れ死に同然の最期だった。エスタルトに復讐するつもりで戦ってやるぜ」

 するとザンバースはフランドールを睨み、

「私情は持ち込まんでもらいたいな、フランドール。私はお前の仇討ちに力を貸すつもりはない」

 フランドールは苦笑いして、

「わかったよ。とにかく、帝国が復活した時には、俺達もそれなりの厚遇で迎えてくれよ」

 ザンバースはニヤリとした。そして彼はカサラグに視線を移す。

「お前の方はどうだ?」

「へへへ、俺の方は、今が大事だ。あんたが闇ルートを通じて供給してくれている物資には、本当に感謝しているよ。もちろん、将来の事も頼りにしているがね」

 ザンバースはフッと笑い、

「なるほど。二人共、うまくやってくれ。その後の話は、それが終わってからだ」

「わかった」

 二人がスクリーンから消えると、ザンバースは立ち上がって、別室から入って来たマリリアを見た。

「シークレットサービスのガナール・ドルカン長官を総裁執務室に呼んでくれ。月面支部に監禁されているアイシドス・エスタン知事の救出作戦についてやってもらいたい事があるのでね」

「わかりました」

 マリリアはザンバースと軽くキスを交わしてから、司令室を出て行った。


 ケスミー邸に、レーアの同級生達がまた集まっていた。彼等はクラリアの事を心配しているのだ。

「大丈夫よ。私の父は、そんなに悠長な人ではないわ。あちらが法律で来るのなら、こちらも法律で行くのよ」

 クラリアは集まった同級生達を自分の部屋に呼んで、熱弁を振るっていた。

「法律? どういう事だ?」

 タイタス・ガットが尋ねる。クラリアは悪戯っぽく笑って、

「まァ、見てなさいよ。敵に一泡吹かせてあげるから」

「そんな事ができるの?」

 アーミー・キャロルドが心配そうに言う。クラリアは微笑んで、

「もちろんよ。私は嘘は申しません」

と、ある先生のモノマネで言ってみせた。みんなは笑っていたが、レーアは深刻な顔をしていた。クラリアはそれに気づいて、

「もう、レーアったら、暗いわよ。本当に何も心配する事なんかないの。これは強がりでも何でもないんだから」

「ええ、でも……」

 レーアは、ケスミー財団を追いつめようとしている法律が、自分の父親であるザンバースの主導で成立した事に責任を感じているのだ。クラリアはその事も十分承知している。

「貴女には関係ない事よ、レーア。父だって、貴女の事を信頼しているんだし」

「ありがとう、クラリア」

 レーアはようやく微笑んだ。その時、タイタスがシャンパンの栓を抜き、ステファミーとアーミーが大声を上げた。一同はやがて大笑いを始めた。


 ザンバースは総裁執務室に戻っていた。ソファには、連邦上院議員のランドルフ・カッタルケントがいた。彼はまだ若手の議員で、かなりのやり手であり、ザンバースの腹心の部下でもある。

「なるほど。旧帝国軍の大進撃で国民を脅威にさらし、警備隊法を改正する、という訳ですか?」

 ランドルフは大きく頷いて言った。ザンバースは自分の椅子に身を沈めたままで、

「そこで君にその改正法案を上院にかけてもらいたいのだ。いくら連中が戦争に賛成したくなくても、自分の選挙区が危険に晒されているとなれば、改正に賛成せざるを得まい」

「わかりました。明日にでも委員長に上程します」

 ランドルフが言うと、ザンバースは身体を起こして、

「明日では遅い。今日だ。今日中に委員長に話をつけろ。そして明日から審議に入らせるのだ」

「はァ……」

 ランドルフは困惑していた。ザンバースが強引なのは承知しているが、ここまで強く言われた事はなかったのだ。

「いいか、ランドルフ。時間は待ってはくれないのだ。わかったら、すぐに行動しろ」

「は、はい」

 ランドルフは慌てて立ち上がり、執務室を出て行った。彼は廊下でガナール・ドルカンと顔を合わせた。ガナールは会釈してランドルフとすれ違い、執務室のドアをノックした。ランドルフはそれを見届けてから、連邦議会のフロアへと急いだ。

「何でしょうか、総裁代理?」

 ガナールは執務室に入るなり、そう尋ねた。ザンバースはニヤリとして、

「まァ、かけたまえ」

 ガナールはソファに腰を下ろした。そこへ隣の部屋からマリリアが入って来た。彼女はガナールに紅茶を出した。ガナールはマリリアに会釈してから、ザンバースを見た。ザンバースは椅子から立ち上がり、ガナールの向かいに座る。マリリアはスッと下がり、隣の部屋に消えた。ザンバースはそれを見てから、

「実は恥ずかしい話なのだが、警備隊はアイシドス・エスタン知事を救出する事ができなかった。そこで、シークレットサービスの力を借りたいのだ」

 ガナールはザンバースを射るような目で見て、

「エスタン知事を助けろ、という事ですか?」

 ザンバースは頷き、

「わかっているなら、話は早い。すぐにムーンシャトルで月面支部に向かい、『赤い邪鬼』らしき連中を始末して欲しい」

「『赤い邪鬼』? 急進派ではないのですか?」

 ガナールは恍けて尋ねる。ザンバースは笑って、

「君とて、連中が、ディバート・アルターとリーム・レンダースの引き渡し要求をした事くらい知っているだろう? それから考えて、連中は急進派ではないと判断したのだ」

「なるほど。しかし、我々の任務は情報収集であり、殺人ではありません」

 ガナールは、ザンバースがほんの一瞬目を伏せたのを見て、サッと何かを指で弾いてザンバースの髪の毛に着けた。

「そんな事はないと思うがね。エスタルトが総裁だった時、随分謎の死を遂げた人物がいたと聞いているよ」

 ザンバースはガナールを睨みつけた。ガナールは降参したような顔をして、

「わかりました。すぐに部下を派遣する事にします」

と答えた。

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