第十三章 その二 ナハル・ミケラコス

 クラリア・ケスミーは、高校の教室で、クラスメートのアーミー・キャロルドやステファミー・ラードキンス達と話していた。

「でも、驚いたわ。連邦ビルが爆破されたって聞いた時、もうダメかと思ったもの」

 アーミーが身震いして言う。するとレーアに密かに惚れていると噂のタイタス・ガットが、

「それよりさ、クラリアの家、大丈夫なのか?」

「えっ、何が?」

 クラリアはキョトンとした顔でタイタスを見た。タイタスは呆れて、

「何がって、財閥解体法と、財産関係所有法が、あと四日で施行されるんだぜ? ケスミー財団は、差し押さえをされて、破産じゃないかよ」

 タイタスがあまりに深刻な顔でクラリアに説明してくれたので、彼女は思わず本当の事を言いたくなったが、ミタルアムに口止めされているので、何とか思い留まった。

「そうねえ。どうしようかしら?」

 するとそばで聞いていたもう一人の男子生徒であるイスター・レンドが、

「おいおい、そんな呑気でいいのかよ」

と口を挟む。彼はタイタスと違ってレーア派ではなく、クラリア派なので、もし彼女が生活に困るようなら、バカな弟を家から追い出してでも迎え入れる覚悟だ。

「そうよ、クラリア。貴女は本当に、性格がおっとりし過ぎてるのよ。もう少し真剣に考えた方がいいと思う」

 ステファミーまでがそんな事を言い出す。クラリアは苦笑いをして、

「そ、そうね。みんな、ありがとう」

と答える事しかできなかった。


 地球連邦の首都アイデアルの目抜き通りに面して、巨大な高層ビルが建ち並んでいるが、その中の一つにミケラコス財団の本部ビルがある。二十五世紀中頃に開発された軽量硬質の建築素材により、劇的に高層建築が進化し、その上地震に対しては、耐震でも免震でもない「避震」という技術が生み出された。これによってビルの高さはそれまでの倍になり、一キロメートルを超える建築物がたくさん存在している。

 ミケラコス財団の総帥であるナハル・ミケラコスは、地球帝国統治下、ザンバースに協力して帝国打倒に力を貸した一人である。年齢は七十歳を超えているが、とてもそんな年には見えない。彼が帝国を陰で支えていながら、最終的には皇帝アーベルを裏切ったという事実をエスタルトは不信に思い、彼と手を組まず、ケスミー財団を連邦の影の力とした。ナハルはその事を逆恨みし、ザンバースがエスタルトを暗殺したのを知ると、すぐに協力を申し出たのである。

「ケスミーが潰れれば、連邦の経済は混乱するだろうが、ミケラコスがそれを立て直す。我々が連邦の経済を牛耳るのだ」

 ナハルは自分の部屋に娘の夫であるアジバム・ドッテルを呼びつけ、話をしていた。

「そうですね。しかし総帥、ザンバースが我々の膨張を黙って見ているとお思いですか?」

 ドッテルは眉をひそめて尋ねる。ナハルは目を細めて、

「いや。奴は必ず、返す刀で我々をも潰そうとするだろう。だからこそ、ザンバースの部下を我々の味方に引き入れておく必要がある」

 ドッテルは声を低くして、

「とおっしゃいますと?」

「まずは奴の右腕と言われているタイト・ライカスだ。奴が抜ける事になれば、ザンバースは足を掬われる事になる。ライカスを抱き込むのは、ザンバースの本当の目的を知ってからでないといかんから、ライカスの秘書の一人をうまく使って、奴の動きを逐一報告させるのだ。そうすれば、ザンバースの尻尾を押さえる事ができる」

「わかりました。早速、手配致します」

「頼んだぞ」

 ドッテルには、ドッテルなりの野心があった。彼の妻ミローシャは、ナハルの愛娘である。ドッテルにとって、ナハルは上司であり、義父でもあるのだ。そのため、彼にとってナハルの存在は大きく、同時に邪魔であった。

 ドッテルは自分の車で本部ビルを出て、自宅に戻った。

「今のうちに好きな事を言っているがいい、老いぼれめ。貴様の財産は、全てこの俺が頂いてやる」

 ドッテルはそう呟き、車を玄関前の車寄せに乗りつけた。若い使用人が慌てて出て来る。ドッテルは彼に車のカードキーを渡し、そのまま玄関へと向かう。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 扉を開き、執事が挨拶する。ドッテルはそれに右手で答え、奥へと進んだ。

「お帰りなさい、貴方」

 居間でミローシャが迎えた。彼女は美人で聡明であるが、ドッテルにとっては「退屈な女」でしかなかった。何が楽しみで生きているのか、理解できないのだ。子供は男の子が一人と女の子が二人。三人共、母親似で可愛いが、ドッテルには子供は脅威でしかなかった。何故なら、ナハルが長生きをして、孫に全財産を譲るような事になったら、ドッテルの今までの苦労が全て水の泡になってしまうからだ。そのため彼は、子供達に全く愛情を注がなかった。そして、子供達も彼を恐れていて、父親と思っていなかった。

「財閥解体法と財産関係所有法、あと四日で施行されます。父は何も言っていませんでしたか?」

 ミローシャはドッテルの後ろから声をかけた。ドッテルは鬱陶しそうに彼女を見て、

「どうにもならんよ。奇跡が起こって、地球連邦政府がなくならない限りはね」

 ミローシャはソファに腰掛けて、

「でも、あの法律は、どう考えても、連邦憲法の第十三条二項に抵触していますわ。もしこのまま施行されて、財産が没収されたら、法律の違憲を訴えましょう」

 ドッテルはミローシャの博識ぶりが鼻持ちならなかった。彼は苛立って、

「そんな事は君一人ですればいい。私と総帥は、そんな事は考えていない」

と怒鳴り、寝室へと歩き出す。ミローシャはビックリして彼を追う。

「ごめんなさい、貴方。私また、余計な事を言ってしまったのね」

「うるさい! 一人にしておいてくれ」

 ドッテルはミローシャを締め出して、寝室のドアをロックした。

(俺は最初利用するつもりであの女と結婚した。しかしナハルは、逆にその事で俺を締めつけて来た。今あの女は邪魔なだけだ)

 彼はベッドに横になると、天井を見つめた。


 他方ナハルは、本部ビルを社用車で出ると、連邦ビルに向かった。

「中央広場まででいい。そこからは歩いて行く」

 ナハルが運転手に命じた。運転手は仰天して、

「しかし、それは危険です。ビルの前まで参ります」

「お前は私に口答えするのか?」

 ナハルのその一言が、今まであらゆる事を決定して来ている。運転手は仕方なく、中央広場でナハルを降ろした。

「帰りはいつになるかわからんから、タクシーで帰る」

「はい」

 運転手は車をUターンさせて、中央広場を去った。ナハルはそれを見届けてから、連邦ビルを見上げる。十階の閣僚会議室跡には、シートがかけられていて、修復工事が進められていた。

「ザンバースめ、なかなかやりおる。しかし、この私を抱き込む事はできんぞ」

 彼はそう呟き、ビルに歩き出した。


 レーアはクラリアが帰って来たらしい事を知ると、すぐにリビングルームに行った。するとそこには、クラリアだけでなく、ステファミー、アーミー、タイタス、イスターも来ていた。レーアは熱いものがこみ上げて来るのを感じた。

「レーア、その格好、やばいぞ」

 タイタスが顔を赤らめて言った。

「えっ?」

 レーアはその時気づいた。自分が靴下も靴も履いていない事に。おまけに部屋着のため、太腿が剥き出しだ。

「わわわ!」

 彼女は真っ赤になってクラリアの部屋へと走った。

「元気そうだな、あいつ」

 タイタスが嬉しそうに言った。アーミーとステファミーは顔を見合わせて肩を竦めた。

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